翌日。


「……おい」

「んあ?」


朝。

スマホを机に置くと同時に、急に話しかけられた。

見ると、そこには西……じゃない、嵐くんが立っている。

嵐くんって名字呼び嫌なんだよね。嵐くんでいいかな。

今度さりげなく呼んでみよう。


「昨日、ウチの仲間が助けられたって聞いた」

「え、聞いたの?」

「ああ。……ありがとな」


嵐くんは小さく微笑んで言った。

よっぽど《蒼穹》が大好きらしい。微笑んでるとこなんか初めて見たよ。


「ん、いいってことよ!」


グッと親指を立てると、嵐くんはまた微笑んでくれた。


「果音、おはよう」

「あっ、レイくん!おはよー!」


すると、レイくんが登校してきたようで、にっこり笑って手を振る。

それを見て、嵐くんは自分の席に戻って行った。


「……あいつと話してたの?」

「うん!ちょっとね」


頷くと、レイくんは優しく微笑みながら席に座る。


「なんだか嬉しそう」


レイくんが私の頬を撫でた。

頬が緩みすぎていたようだ。いや、そうでなくとも私はわかりやすいだろうけども。


「……うん、そうだね」


嵐くん、なんかちょっと怖そうだなあって思ってたけど、やっぱり見た目で判断するのってよくないね。

きっと嵐くんはレイくんに似てる。

本当はずっとずっと、優しいんだ。

それがわかって、私はとっても嬉しかった。


「ところで」

「うん?」


レイくんが、私の隣ににっこにこしながら座った。

あっ、嫌な予感。

レイくんは微笑むことこそ多いものの、こんなにニコニコするのは滅多にない。

こういうときは大抵……。


「あ、ああ~!私、ちょっと用事を思い出し」

「はい捕まえた」

「うっ」


無理がありすぎる逃走作戦は当然失敗に終わった。

うぐ、いくら運動が得意でもレイくんには歯が立たない……。

仕方ない……腹を括るしかないか。


「な、なに?」

「こ、れ。どういうこと?」


レイくんは、光ったままの私のスマホを指さした。

そこには、着信履歴。

嵐くんに話しかけられる前まで話していたのだが、話し終わってそのまま放ってしまっていた。


「赤月 契って男だよね?誰?」

「あ」


なあんだ、それか。

似合うドレス見つけたから今日家来てとか言われたらどうしようかと思った。

そう、レイくんはあの決戦の日以来、私に似合う服を見つけてはなぜかサイズピッタリで購入してくれるという暴挙に出るようになった。

いやまあ、ほんのたまにだけど。

それが毎回目玉が飛び出でるほど高級品だからなあ。

ともかく。


「その子は、この学園の後輩だよ」

「後輩?なんで連絡先交換してんの?」

「それがね――」



****



「……ふうん」


経緯を話終えると、納得したようにレイくんは頷いた。


「葉月のときもだけど、果音って食べ歩きしてると何かに遭遇するな」

「あ、レイくんもそう思う?」

「いや、それよりは……何か起きてるところに、食べ歩きしてる果音が遭遇する、ってところか」


うん、まあやっぱりそうだよね。

何かあったなら助けたいし、そう考えると遭遇できるのはラッキーだ。

……よかった。赤月くんを助けられて。


「とはいえ、だ」


レイくんは私の髪を耳にかけた。

手つきは甘いのに、レイくんの瞳は私を逃がさないように真っ直ぐ見つめている。


「果音は、誰の?」

「……っレイくんの、です」

「正解」


嬉しそうなレイくんは、そのまま私に微笑んだ。


「赤月ってやつに、あんまり懐かれるなよ」

「……!」


もしかしなくても、それって。

今までの言動からも、レイくんだって嫉妬してくれるのは知ってるけど。

でも嬉しい。やっぱり毎回、レイくんが私を大切に思ってくれることを知る度に。

えへ、と情けない声を出しそうになった、そのとき。


「ゔゔんっ」

「!!!!」


わざとらしい咳払いではっと我に返る。

そういえばここ、フィグセルアカデミーの教室だった!!

そして咳払いが聞こえた方向を見れば、アリサちゃんが恨めしそうに私を睨んでいる。

……あー……やっちゃった。

彼のことが好きな人の前でイチャイチャしちゃうとかデリカシー無さすぎた……。


「ちょ、ちょっと!お花摘んでくる!!」


自分でも苦しいとはわかるけど、羞恥がMAXでこれ以上は無理だった。

だって!教室の!ど真ん中!!

ああああー恥ずかしいー!!

私は悶えながら、教室を飛び出した。



























……ん?

とりあえず宛もなくブラブラと歩いていると、こっちに向かってくる気配を感じた。

今いるのは旧校舎だ。

私は今ここにいるけど、それこそ私くらいしか来ない、人気のない場所のはず。

……誰だろう?

疑問に思って、人が来るであろう方向を見つめる。


「あ~、ここにいたんだ~」

「…………」


声が聞こえた。

独特の話し方とそれに見合わない威圧感、忘れるはずがない。

クラスの「ヤベぇやつ」のうちの1人、神崎 来都くんだ。

私にはあんまり興味無さそうだったのに、どうしたんだろう?


「澪とのイチャイチャはもういいの~?」

「えっ」


あ、それ?

もっとこう、お前何者やねんとか聞いてくるかと思ったけど、違うんだ。

来都くんなら、私が身体面で強いことくらいわかってそうだけど。テレビに出たし。

それとも、私が「何者か」なんてとっくに知ってるとか?

……なんか頭こんがらがってきた。考えるのやめよう。


「い、いいのいいの。来都くんはどうしてここに?」

「果音ちゃんと話がしたくて~」


来都くんは微笑んでから私を見つめた。

その仕草はレイくんを思い起こさせるが、レイくんとは決定的に違うところがある。

目に、光がない。

アニメみたいに目の色とか透明感とか、そういうのがわかるわけじゃないけど。

でもお世辞にも輝いているとは言えない、死んだ目だ。

警戒する私を知ってか知らずか、来都くんはそのまま話し始める。


「嵐のとこの暴走族にいる子を助けたんだって?」

「まあ、そうだけど……」

「嵐はね、ああ見えてすっごく律儀なんだ~」


律儀。

そうだろう。わざわざお礼を言いに来たくらいだ。

来都くんはそれも見ていたはずだけど、何を言いたいのだろうか?


「嵐くんは律儀で、不器用で、優しくて――やけに自己評価が低い」

「え?」

「なんでだろうね?あと家族の話はしたがらないんだ。それ以外のことなら、話しかけると何だかんだ答えてくれるんだけどね~」


ふーん……。

嵐くん、そうなんだ。

なんかあるんだろうなとは思ってたけど、そうか、家族ねえ。

というか、嵐くんにいっぱい話しかける来都くんと渋々答えてくれる嵐くん、すっごく想像できるなあ……。


「それ、私に勝手に話しちゃっていいの?」

「果音ちゃんにならね」


来都くんは珍しく語尾を伸ばさずに言い切った。

よっぽど真面目なのだろうか。雰囲気がさっきまでとは違う気がする。


「嵐くんだって、話したくなければ曖昧に誤魔化せばよかったんだよ。」


でも嵐くんは『その話はしないでくれ』って言ってた、と。

来都くんは思い出すような素振りを見せながら話す。


「本当は誰かに聞いて欲しいんじゃないかなあ」

「……」

「多分だけど、2人なら嵐くんの話を聞いてあげられると思う」


そう言って、来都くんは私に優しく微笑んだ。

……なんだか、掴めないな。

今の来都くんは、私に本当に嵐くんの話を聞いて欲しいって願っているように見える。

会ったときはもっとこう、ヘラヘラしていて、隙がなくて。

あれ?そんな変わってない気もするな。

でもなんか、わからない。

来都くんは、いったい……。

いったい、何を知っていて、何が目的なんだ…?

































とまあ、それが解決しないまま。

人気ファッション雑誌NeyBeの号外が発売された。

そう、号外、それは、私が載っているやつで――


「ふーん…」


なんでしょうこの状況。

レイくんのお家に招待されて、レイくんの部屋で正座をする私。

その隣で、雑誌に載る私をじーっと見るレイくん。

あの、恥ずかしすぎて死んじゃうんですけど。なんでしょう、これ。


「………果音」

「はい!」


なぜか緊張して敬語になってしまった。

雑誌を閉じて私にずいっと近づいてきたレイくんは、そのまま私の頭を固定して唇を塞ぐ。


「んむ」

「……果音は、俺のだよな?」

「レイ、く……ふ、んっ」


レイくんは瞳をぎらぎらさせて、猛獣みたい。

私を喰べちゃうんじゃないかってくらい目が燃えていて、熱い。

そんなレイくんからの問いにうん、と頷きたかったのに、レイくんの唇がその隙を与えてくれなかった。


「…果音は俺の彼女。でも果音が決めたことだから、否定はしない」

「………」

「でも、嫉妬くらい許してくれるだろ?」


許す、というか。

してください、というか。

私は考え無しだからレイくんがまさかこういう反応してくるとは思わなかったけど、でも結局嬉しい。


「な、果音」

「レイくん…?」


レイくんは、私の逃げ道を塞ぐように腰に腕を回すと、甘い視線で私を捕える。

そうして私は簡単にレイくんから目を離せなくなってしまった。


「――……」


レイくんが何かを口にしようと息を吸った、そのとき。



プルルルル、プルルルル!



「……………………」


ええ、今ここで?

なんと、私のスマホが着信を告げた。

スマホを取りだしつつ、無視してしまおうかと眉を顰める。

タイミング悪いなあ、いったい誰だろう。


『雨宮 梨花』


あめみや りか?って誰だっけ…。

思い出そうと視線を彷徨わせると、雑誌の中の私が目に入る。

…ああ!モデルにスカウトしてきた人か!


「はい!結野です」


電話を取ると、それはそれはウキウキした声が聞こえた。


『あ、果音ちゃん?こんにちは!』

「え?ああはい、こんにちは?」


なんかやけにテンション高いな。元々高かった気がしないでもないけど。

それでも前回より声のトーンが二個くらい高い。


『雑誌のことなんだけど!果音ちゃん、早速大人気よ!』

「え」

『さっきからあの読者モデルは誰だって、電話が鳴り止まないのよ!』

「ええ!?」

『ってことで、またモデルをお願いしたいの!いいかしら?』

「えええ!?」


雨宮さんの強引さは健在のようだ。

ということでまあ、いろいろあって。

予定を擦り合わせたりしたあと、雨宮さんは言った。


『あ、そういえば社長が会いたいって言ってたわよ』

「ぶっ」


私は思いっきりむせた。

聞いてない。そんなこと聞いてない。まったく聞いてない。

うそ……。社長?

モデル事務所アールフェディの、社長?

それを先に言ってよ!!


「むむむむ無理ですよ!社長なんて!」

『あ、ごめんもう了承の返事出しちゃった』

「ええええええええ」


なんてこったい。


「……わかりました」

『ありがとー!』

「あ、それであの、相談なんですけど」


私は雨宮さんに、レイくんが次の仕事から一緒にやりたがっていることを伝えた。

すると雨宮さんは。


『果音ちゃんが言うのならわかったわ!話は通しておくわね』

「ありがとうございます!」


優しいのかビジネスチャンスを見逃さなかっただけなのか。

快く引き受けてくれた。雨宮さん、レイくんの正体を聞いても全く動揺してなかったな…。

「あ、そうなの?はーい!」だって。いくらなんでも軽すぎじゃないだろうか。

ピ、と電話を切ると、レイくんは何やらスマホで調べことをしていた。

なんだろう、と思っていると、「あーやっぱり」というレイくんの呟きが聞こえてくる。


「どうしたの?」

「果音、雨宮さんに俺のこと、『三ツ瀬組の澪』ってちゃんと伝えたよな?」

「うん」

「それでも了承した。俺はヤクザなのに」


うん、それはおかしいよね。

…………んん?

え、待って。じゃあなんでレイくんは一緒にやるなんて言ったの?


「……もしかして、カマかけた?」

「お、せーかい。果音もヤクザ思考に慣れてきたな」


レイくんはよしよしと頭を撫でてくれた。

レイくんがヤクザでも仕事に加わることを了承した、つまりヤクザであっても動揺しない何かがあったってことだろう。

普通ならヤクザを雇うなんて、嫌でしかないはずだ。それくらい私でもわかる。

つまり。


「…芸能事務所アールフェディの社長は、ヤクザだな」


そういうこと。


「社長の名前は(らい)。西園寺組の組長らしい」

「なんか最近ヤクザと関わりすぎてあんまり驚かな……待って、西園寺?」


なんか、聞きづてならない名字が聞こえたような。


『総長、名字がすっごく嫌いなんですよ』


…西園寺、 嵐。

そして、社長の西園寺 雷。

もしかして嵐くんって、おぼっちゃま……⁉︎