「もぐもぐ……ん!これうま!」
美味しそうな和菓子を両手にいっぱい。
私は、今日も歓楽街で食べ歩きをしていた。
今日食べている、桜の形をした和菓子は私の大好物だ。
やっぱり好きなお菓子って幸せだあ……!
両手に花ってこういうことか。和菓子だけど。
ほわほわ、もぐもぐ。
幸せ気分で最後の和菓子を口に放り込む。
んー!!!おいしい……やっぱりもうちょっと買ってくるべきだったかなあ。
ここからそんなに変わってないしもう1回お店に寄ろうか、と考える。
そのとき。
「……!!……!!!」
「ん?」
微かに、何かの音が聞こえた。
なんだろう?耳を澄ませてみる。
「おめぇ……―――!!……っ!!」
……もしかして、喧嘩?
普通の喧嘩なら私はどうこうできないけど、何か。
何か、嫌な予感がする。
「行こう!」
私は、和菓子を飲み込みつつ、声が聞こえた方角に走った。
そろそろ。
抜き足、差し足、忍び足。……差し足ってなんだ?
まあいいか。
声が聞こえてくる裏路地の近くに辿り着いた私は、顔だけちらりと覗かせた。
「っ、げほ、げほ……っ」
「はっ!ザッコ!!!それでも《蒼穹》かよ、よっわー!」
……《蒼穹》?
私は、この前レイくんと話したことを思い出した。
『《蒼穹》は、他と違うところがあるの?』
『ああ。メンバーのやる気がな』
「このっ、まだ……負けて、ねぇよ……!」
「おいおい、まだボコられてぇってんのか?」
《蒼穹》の人らしき青年はもうボロボロだ。
こうして何度も諦めず立ち上がったのだろう。まだ瞳に炎が宿っている。
《蒼穹》が素敵な暴走族だって、それを見ればわかる。
いや、素敵な暴走族っておかしいか。
でも実際そうだろう。裏社会渦巻く久雪街で、こんなに燃えるような意志の強さを見せるところはそうない。
……さて。
「ならお望み通りボコってやる、よ!」
中年と思われるおじさんが、青年に対して拳を振り上げる。
その隙を狙って、私は飛び出した。
「ぐあっ!!」
拳を容赦なく叩き落とし、そのまま顎を蹴り上げる。
なんか思ってたより手応えないな。素人だったか。
ふう、と息を吐いて尻もちをついた中年男性に視線を落とした。
「え……!?」
「なっ、なん……っ、おま、三ツ瀬組の!」
青年の呆然とした声、それと中年男性の驚き恐れる声が聞こえた。
中年のほうは私のことを知っているらしい。まあそうだろう。テレビに出たし。
「……なんでこんなことしてたのかは知らないけどさ」
私は中年男性に言った。
私の言葉で、少しは思い直してくれるといいけど。
「どんな理由があっても、これはだめじゃない?」
「……っ」
中年男性は顔を顰めた。
まあ、だめだってわかっていてやめられるなら世の中平和だろう。
きっとそう言うことじゃない。
「っお前に、何がわかるんだよ!」
中年男性は私に向かって吠えるように叫んだ。
さっきの暴力は明らかな道楽だったけれど、それはそれとして彼には何か事情があるのだろう。
「何もわからない。だって初対面だもん」
好きな食べ物、家族構成、仕事、年収、年齢、名前も身長も。
そう、初対面だから何も知らない。
だけど。
「何かわかるわからないの話じゃないのは知ってるでしょ?久雪街は暴力が黙認される街だけど、だからってやっていいってわけじゃないの。あなたがやったのは何?目的は?」
「…っ!!それ、は…」
私は、ちゃんと覚悟を決めていた。
葵たちと、不良になろうって決めたときから。
だって、そうしないと三澤地区ではきっと生きていけなかったから。
私たちには、そうしなければいけない理由があったから。
暴力は犯罪だ。
だからこそ、私たちは犯罪者になるっていう覚悟を持って不良になった。
そういう世界に、生まれて来たのだ。
「久雪街に裏社会があるのは、裏でしか生きていけない人がいるから。そんな覚悟もない奴が暴力で優越感に浸るためにあるんじゃない。」
でもね、と私は言葉を続けた。
「もしこれからあなたが裏にいる覚悟を持って、それでも行くあてがないのなら。私からレイくんと豪さんに言ってみるよ」
「は、それって……」
「三ツ瀬組に、入れてもらえるように」
だけどそれにはもちろん危険も伴う。
血反吐を吐くような訓練だって待っているだろうし、裏は命も関わる厳しい世界だ。
「本当に裏にいていいの?私のところに来るのは、それを十分に考えてからね」
スマホを操作すると、尻もちの拍子に中年男性のポケットから落ちていたスマホに私の連絡先が表示された。
よかった。連絡先の遠隔交換ってやったことなかったから不安だったけど、ちゃんとできた。
「…………」
中年男性はまじまじと私の連絡先を見ている。
これで、ちゃんと生きてくれるだろうか。
「あ、そうだ。連絡先悪用禁止ね」
「あ、ああ」
「言ったよ?約束ね?」
もうここまで言ったら大丈夫だろう。
あとはこの人がどう進もうが、彼の自由だ。
また彼が同じようなことをしていたら、また止めるだけ。
「さて!」
私は、ようやく襲われていた青年を振り返った。
立ててたから放置してしまったが、怪我が酷い。今すぐ処置するべきだ。
「あの」
「ん?」
「ありがとうございました!」
「!」
ぱちぱち、と目を瞬かせる。
こんなに潔いいお礼をもらえるとは。
《蒼穹》の人は思ってたより礼儀正しいんだね。
「どういたしまして」
「あの!結野 果音さんですよね!」
「そうだよ」
私が頷くと、その人は心底嬉しそうに目を輝かせて続ける。
「まじで、助けていただいてありがとうございました!!俺、もっと強くなれるように頑張ります!」
「うん!頑張って!相談とか鍛錬とかならいつでも乗るよ!」
にっこり笑うと、その人は更に目を輝かせた。
ってそうじゃないそうじゃない。絶対違う。
「怪我手当しないと!歩ける?」
「いえ!全然大丈夫です!もう痛くないんで!」
そんなわけないよね。
でも、見ていると本当に大丈夫そうだ。
見た目は酷い怪我なのに。
「《蒼穹》の訓練よりはよっぽどマシっていうか……」
「え、ええ……」
「でも!俺も強くなりたいんで、これからも頑張ります!」
男の人は、にこっと歯を見せて笑ってきた。
そこまで遠慮するならいいけど、これより酷い訓練っていったい……?
流石はヤクザを潰せる暴走族……。
「あ、そういえばきみ、名前は?」
「フィグセルアカデミー高等部1年、赤月 契です!」
「赤月くんね、わかった!」
でもそうか、フィグセルアカデミーなんだ。
まあ、《蒼穹》だしね。
総長の西園寺くんもフィグセルアカデミーにいることだし、そもそも暴走族なんだから「裏」だし。
「私、交換入学生なんだよね」
「え!まじすか!」
「まじ」
私はグッと親指を立てた。
「何かあったらおいで!」
「ほんとにありがとうございます!!!」
赤月くんは3度目のお礼を言ってくれた。
っていうか、赤月くんってまだ1年生なんだ……。
身長いくつなんだろう。なんかすっごく高いからもっと上かと思った。大人っぽいんだね。
そんなことを考えていると、赤月くんは思い出したように言ってくる。
「そういえば果音先輩、交換入学生ってことは、総長と同じクラスですか?」
「うん、そうだよ」
頷くと、赤月くんは口を耳に寄せてくる。
ここだけの話があるのかな?なんだろう。
耳を寄せて聞いてみる。
「総長、名字がすっごく嫌いなんですよ」
「え、そうなの?」
「はい。総長の名字は呼んじゃいけないって掟があるくらいです」
……そんなにか。
それはずいぶんとまた、毛嫌いしてるね。
何かあるんだろうなあ……西園寺ってかっこいいんだけど。
家族と何かあったとか?
そういえば、西園寺ってどこかで聞いたような。
どこだったかな。
「なので、果音先輩も、総長は名前呼びにした方がいいですよ。」
「そうなんだ。教えてくれてありがとう!」
バイバイと手を振ると、赤月くんは嬉しそうに笑ってくれた。
なんかかわいいな。尻尾振られてる気がする。
微笑ましい……《蒼穹》ってみんなこうなのだろうか。
すると、陽気な着信音が赤月くんのスマホから鳴り響いた。
ディスプレイを見るなり、ぱあっと表情を明るくする赤月くん。
「あっ、呼ばれたので俺はここで!」
「うん、またね!怪我はちゃんと手当してもらうこと!」
「はーい!!」
たぶん《蒼穹》の誰かに呼ばれたのだろう。
怪我も感じさせぬ元気な走りで、赤月くんは去っていった。