「………」
俺は、頬杖をつきながら、フィグセルアカデミーから来たという2人の交換入学生を眺めていた。
あの2人には欠片も興味がないが、果音の大切な友人と学園が傷つけられるのはいただけない。
その可能性が残っている以上、俺たちが果音の頼みに応じないというのは有り得ない。
…にしても、フィグセルアカデミー生徒…裏社会の住人で何をするか分からない、だそうだが。
「…そうには見えないな」
俺には、あの2人がやりたいことくらい簡単に見抜ける。
『あははっ、だから頼んだんじゃん!』
昔、同じような場面があって二手に別れたことがあった。
その1件が片付いたあと、果音はこう言ったのだ。
『私にはたぶん思惑とかは見抜けないけど、葵はほら、見抜けるでしょ?そういうの』
『……』
『適材適所ってやつ!葵のこと頼りにしてるから!』
……今回も、俺を信じて頼ってくれているのなら。
俺は喜んでその信頼に応えるとも。
『で?いつ遊ぶんだ?遊んでくれるんだろ?』
『そうだなあ、今週末でいい?久しぶりにパーッと遊んじゃおっか!』
抜け目なく遊びを取り付けたことに満足し、その日に思いを馳せる。
思ったより、俺は浮かれているらしかった。
****
フィグセルアカデミーでのホームルームと、少しの授業の後。
私は次の体育のために更衣室で着替えていた。
体育、そう、体育。
次が、正念場だ。
体育は、男子と女子に分かれて行う。
男子はバレー、女子はバスケ。
逆じゃないのとか思うけど、まあそうと決まっているならそうなんだろう。
ともかく。
次が正念場というのは、男女が分かれるというのが原因だ。
ぶっちゃけ、私たちはフィグセルアカデミーの生徒には歓迎されていない。
そりゃそうだ。
私たちだって不安要素があったから葵たちに「あんなこと」を頼んだわけだし。
嶺川とフィグセルアカデミーの理事長が急に、勝手に決めたことなのだ。
生徒側に歓迎の空気が溢れていたら逆にちょっと疑うもん。
ということで、体育が、私たちを歓迎していないフィグセルアカデミー生徒にとって絶好の「チャンス」であるのだ。
なぜならレイくんと離れるから。
レイくんは元々フィグセルアカデミーだったから、みんなレイくんの強さを知っているはず。
だから普段は私に迂闊に手を出せない。
ということは、男女別になってレイくんの鉄壁のガードがなくなる今が、大チャンスというわけだ。
―――嫌がらせ、の。
そんなことしてこないと信じたいけど、してこないとも限らないんだよね。
ともかく。
私は正直負ける気がしないけど、交換入学の数ヶ月間の命運はここにかかっているのだ。
気合を入れていかないと。
私はそう思って、着替え終わると髪を結んでぱちんと頬を叩いた。
「ほっ!」
ばすっ、と網が揺れる。
これで私たちのチームは52点目だ。
大して、あっちのチームは1点も入っていない。
……いや、言い方を変えよう。
「私」対「みんな」の試合は、52対0だ。
そう、「みんな敵」というショボい嫌がらせである。
フィグセルアカデミーの生徒はもうちょっと頭のいい嫌がらせをしてくると思ったんだけど。
……って、頭のいい嫌がらせってなんだろ。
自分でもよくわかんないことを言ってしまうくらいには余裕である。
「っは……!あんた…おかしいでしょ、なんで、そんなに……動ける、のよっ」
女子のうちの一人が言った。
他の子もみんな同意を示すように頷いている。
「何でって……」
私は小首を傾げる。
何でこんなに動けるのかなんて、考えたこと無かった。
「体力がいっぱいあるから?」
「そういう、問題じゃ、ない、わよ……」
私に疑問を投げかけてきた女の子は、悔しそうにそう言ってから床に寝転がってしまった。
同時に、スポーツタイマーが試合終了を告げる。
「あ」
うん、まあ、嫌がらせっぽいことはしてきたけど、とりあえずは凌げたってことで。
嶺川では体育のときはもう少し抑えるんだけど。
今回は、私の身体能力をわかってもらいたくてわざとあんまり手加減しなかった。
これでちょっとは効果あるといいな。
「大丈夫そ?はい、これ。きみのだよね」
汗だくで寝転がってしまった女の子に、その子のタオルと水筒を渡す。
「……え」
「えっ、違った!?」
「あ、いや……合ってるけど」
その子は私を呆然と見やる。
「何、で?あたしに……これ、渡す義理、なんか」
「うーん……どういう意味かちょっとわかんないんだけど」
義理がない、かあ。
私はそういうのあんまり気にしないかな。
私はそう言ってにっこり笑った。
「試合終わったんだから、私たちはもう敵じゃなくてクラスメイトでしょ?」
「は……?」
「あ、もしかして私を1人にしたこと言ってる?それは別に……いいとは言わないけど、なんか、素直なんだなって思ったから」
そう言うと、彼女は怪訝そうな顔をした。
「ほら、もっと、水筒の中身をかけられるとか、ジャージ破かれるとか、そういうのを覚悟してたからさ」
でも、この子たちは「自分たちで」戦った。
人数こそ「嫌がらせ」だったものの、彼女たちが頼ったのは自分たちの実力だったのだ。
だからきっと、素直なんだろうな、って。
「次の試合始まっちゃうけど、立てる?移動しなきゃ」
私はそう言って、その子に手を貸した。
「……ありがとう」
「いえいえ」
そうして、私は無事に体育を切り抜けたのであった。
****
「ふんふふーん…」
鼻歌を歌いながら、コンビニで買ったアイスを片手にスキップ、家に急ぐ。
今日は新しい友達もできたことだし、ちょっとくらいご褒美としてアイスを買ったっていいだろう。
にしても、今日手を貸した子がまさか「あたしが間違ってた」なんて言って仲良くしてくれるだなんて思ってなかったなあ。
仲間が増えたのはいいことだ。よかったよかった。
にしても、別チームにいたアリサちゃんと雪乃ちゃんの実力と言ったらすごかった。
フォームもきれいだし、身体能力がとっても高いし、一回本気で戦ってみたかった。
でも別チーム全部と戦えたわけじゃなくて、あの二人とは戦えなかったんだよね。
次の体育の時間には試合できるといいなあ。
そんなことを考えながら曲がり角を曲がろうとすると。
「あの、ちょっといい?」
「へ?」
優しい女の人の声に話しかけられた。
不思議に思って振り返ると、そこにはキャリアウーマンですっていう見た目をした女の人が立っている。
その人は私を見ると、カツカツと歩み寄ってきて何かを差し出してきた。
「どうも。私こういう者なんだけれど」
「……芸能事務所アールフェディー……って、あの有名な!?」
差し出されたのは名刺。
そこには、世界的に有名な芸能事務所「アールフェディー」のモデルマネージャーと書いてあった。
「あなた、とってもモデルの素質があると思うの。やってみない?」
「え……!?」



