ドラちゃんいわく。

交換入学なんて試みは当然初めてなので、今回交換するのは2人。

こっち側が私とレイくん、っていうことみたい。

フィグセルアカデミーの制服じゃなくて、今の私たちの制服で行くらしい。

期間は、来週から二学期中ぜんぶ。

そして、11月にある文化祭は、フィグセルアカデミーとの合同開催になるようだ。

そこで、交換入学生たちは交換入学先の学校の出し物を手伝うんだとか。


「レイくん、気が進まなそうだね」


昼休み。私はレイくんにそう言った。


「フィグセルアカデミーにはいい思い出がないから」

「…そうなんだ」


と言っても、悪い思い出も大してないというような声音だ。

やっぱり他に興味がなくて思い出が少ないだけなのだろうか。


「果音ならフィグセルアカデミーに行っても大丈夫だとは思う。果音は強いし、優しいから味方もできる」


だけど、とレイくんは気が重そうに私を見る。


「危険がないわけじゃない。果音と会わせたくない奴とか、利用しようと目をつけてくる奴だっている」

「……」

「フィグセルアカデミー…あそこに果音を連れていきたくなかった」


とはいえ、流石にもうどうにもならないのをわかっているのか。

レイくんはため息を吐いた。


「果音、もしフィグセルアカデミーに行ったら俺から離れるな。俺が心配」

「うん、わかった」


レイくんは思い出が大してなさそうとはいえ、レイくんも気が乗らない様子。

できるだけレイくんの心労は減らしておきたい。

私はそう思って頷いた。


****


どんっ!と。

そびえ立つ校舎。

全国屈指の裏社会たっぷりの不良校。

だが、窓も割れていないしごみも散らかっていない。

まあ、それは、生徒の中にはヤクザもいるから下手に荒らせないだけなんだろうけど。

……レイくんみたいな、ね。

ちらり、と無表情でフィグセルアカデミーを見つめるレイくんを見る。


そう。

1週間などすぐ過ぎて、今日から交換入学だ。

私立嶺川学園の制服を纏った私たちは、制服の色が真反対のフィグセルアカデミーの生徒たちの注目の的。


「……果音、大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ、レイくん」


ぎゅっとレイくんが手を握ってくれた。

最初から不安なんて感じていない。

私とレイくんなら大丈夫。

むしろ、レイくんが嫌な思いをしないか心配なだけ。


「……行くか」


レイくんが、そのまま校舎へと歩き出す。

私は、小さく頷いてからレイくんに続いたのだった。















フィグセルアカデミーの2年1組。

その教室は、どこか異質な雰囲気を持つクラス。

レイくんいわく、「やべぇやつ」が4人ほどいるそうで。

詳しくはまあ、見ればわかる。……だそうだ。

入ってみると、さて、一斉に視線を感じた。

フィグセルアカデミーの制服の中、2人だけイレギュラーが入る様はなんとも不思議。

私たちを見てこそこそ話したくなるのもわからんでもない。

だから、私はいいんだけど。


「……チッ」


レイくん、舌打ちした……。

そう、今レイくんはとってもご機嫌ななめ。

フィグセルアカデミーに来たからか、視線がうるさいのか、それともまた別の何かか。

わからないけど、とりあえずその無駄に漏れている殺気はどうにかしてほしいものだ。


「あ、あの……」


そのとき。


「澪くん、だよね?短い間だけどまた会えて嬉しいな。ほら、私、中学のとき3年間クラス一緒だった……」


むむっ、と。

私は思わず僅かに顔を強ばらせた。

レイくんの殺気すら気にせずに話しかけてきたのは、黒髪の清楚な見た目をした女の人。

中学のとき3年間クラス一緒だった、か。

なるほど。妬けるな。


「覚えてない」

「えっ」

「え?」


レイくんの冷たい一言に、その女の人だけでなく私もびっくりしてしまった。


「てか邪魔。話しかけんな」


う、うわ……。レイくんブリザード……。

ちらりと女の人を見ると、流石に狼狽えている。

うん。まあそうなるだろう。


「あっ、じゃあ、今から覚えてもらえれば……」


邪魔、まで言われたのにまだ引き下がらないのか。

流石フィグセルアカデミーの生徒。肝っ玉がすごい。

と、根拠も特にないまま感嘆してしまう。

私だったら時を改めちゃうもん。

嫉妬は変わらないけど、それはさておき少し同情してしまう。


「私、美篠(みしの) アリサ。よろしく」

「……」


はあ、とため息をついたレイくんがアリサちゃんの横を素通りして席に向かっていく。

どうやら取り合うつもりはないらしい。


「あ……」


アリサちゃんはどこか残念そうに見える。

だが、すぐに頭を振ってから私を見た。


「えっと、その。」


気まずそうにするアリサちゃんに、とりあえず私はにっこり笑いかけて手を差し出した。


「私、結野 果音。よろしくね、アリサちゃん」


すると、アリサちゃんはあからさまにホッとしたような面持ちで頷き、手を取るのだった。


「よろしく、果音ちゃん」


それからレイくんに続き、レイくんの隣の席に腰を下ろすと、今度は別の人が近づいてきた。

うーん、なるほど。

だいたいわかってきた。

覚えてないってレイくんは言ってたけど、やっぱりレイくんはアリサちゃんを覚えていたに違いない。

そして、アリサちゃんと今来た人がきっと「やべぇやつ」なのだ。

アリサちゃんだって姿勢に隙がなかったし、この人なんか……。


「やっほ~、三ツ瀬 澪。久しぶりだね~」

「……」

「無視~?酷いところも相変わらずだな~」


……雰囲気が、常人のそれとは格が違う。

やって来たのは、金髪に猫毛の背の高い男の人。

へらりと笑顔を浮かべているものの、間延びした語尾からも笑顔からも、まったく感情を読み取れない。

むしろ不気味さを醸し出しているほどで、なんだか不思議な気持ちになる。


「……来都(らいと)

「あ、オレは覚えててくれたんだ~?嬉しいな~」


とりあえず、そんなに嬉しそうじゃないのはわかったけれど。

とにかく謎すぎる人だ。

レイくんに本当にちょっかいをかけているようにしか見えないんだよね。

アリサちゃんみたいなあからさまなアピールとか、周りの人みたいな怯えとか、そういうの全然ない。

目的はないっていうのが主張ってくらいだ。


「……あ、きみがもう1人の交換入学生かな~?」

「え?あ、はい。そうです!」


にっこりと笑顔を向けられて、私は慌てて返した。

まさか自分に視線が向けられるとは。

来都、と呼ばれた人は一瞬私を値踏みするような視線で見てから、もう一度笑った。


「オレは神崎 来都。よろしくね~?」

「……結野 果音です。よろしく」


やっぱり、不気味だ。

なんていうか、うーん……。雰囲気が特にそうなんだよね。

とりあえず私も無難な笑みを返してから、差し出された手を取った。














さて。

朝のホームルームで軽く私たちの紹介をされたあと、先生が諸連絡している間。

ガラッ、と遠慮なく教室の扉が開いた。


「はよっす」

「おー、西園寺か。」


遅刻しているというのに先生はまったく気にしていない。

西園寺と呼ばれた彼の前に朝のホームルーム直前に来たヤンキーがいたけど、そっちはちゃんと注意していた。

もしかして、フィグセルアカデミーは優遇や暗黙の身分なるものがあるのだろうか。

西園寺と呼ばれたのは、染められた紺色の髪に鋭い目つきの褐色の瞳の、背の高い、ブレザーの下にパーカーを着た男の人だった。

この人…見たことがあるっていうか、あれは…。


「ね、レイくん」

「ん?」

「あの人って、暴走族の総長さんだよね?」

「よく知ってるな。そう。《蒼穹》っていう暴走族の総長だよ」


やっぱり。

西園寺って呼ばれてたし、そうかなとは思った。

彼は西園寺 嵐。

とても強い暴走族《蒼穹》の総長だ。


「………」


そんな西園寺くんは、私たちを軽く一瞥してから荒々しく自席に腰掛けると、そのまま足と腕を組んで目を閉じた。

…眠いのかな?

たぶん、この人がやべぇやつ3人目だろう。

あとは4人目、だけど、それは…。


「はあ……。」


さっき遅刻してきた西園寺くんを見て軽くため息をついた美人さん。

黒髪ボブで背筋をぴんっと伸ばしている、私の前の席の人。

この人は、教室に来る前に理事長室に挨拶しに行ったときに理事長室で鉢合わせた。

そのときに理事長が軽く紹介してくれたのだ。

資料の提出で理事長室に来ていたらしいその人は、生徒会副会長の深山(みやま) 雪乃(ゆきの)

来都くんと同じようにまったく隙がない人。

ただ、私たちにはこれっぽっちも興味がないようで、資料の提出のあとは、私たちと目線を合わせずにさっさと出て行ってしまっていた。

これで4人。

まあなかなか個性派揃いのクラスに交換入学してきたものだ。

そして、このクラスにいた名も知らぬ2人が、私たちと入れ替わりで私たちのクラスに交換入学している。

私たちはいいとして、その2人のことがちょっと心配だ。

下手に暴れて物を壊していたりしていませんように、なんて、顔も名前も知らない人なのにお世話係のような願いをしてしまう。

まあ、それがあってもいいように、やっぱりフィグセルアカデミーに転校し直すと言い張った葵たちを説得して嶺川学園に留めておいたのだ。3人が何とかしてくれると信じよう。


…そう、交換入学の直前は大変だった。


『のんちゃんに会いに来たのに、早速会えなくなるなんて!私たちもフィグセルアカデミー行く!』

『大丈夫だカノン!心配しなくても、オレの親は権力者だからな!』

『果音、すぐ会いに行くから。俺を待っていてね』

『そうやってすぐ権力使って転校しようとしないで。葵は別世界に走らない。』


呆れながら、私は陽向っちと慎吾くんの方向をちらりと見ながら、少し声を落として続けた。


『3人には、みんなを守って欲しい』

『…守る?』

『交換入学なんだから、当然このクラスにも来るでしょ、交換入学生。』

『そうだね?』

『その2人が嶺川の人や物を傷つけないとも限らないから。万が一何かあったときに対応できるのは、葵たちしかいないの』


なにしろ、久雪街の仕組みに沿って裏と表を分けたのが嶺川学園とフィグセルアカデミーなのだ。

今までの嶺川には、レイくんと私以外に裏社会に対抗できる人がいなかった。


『だからお願い。会うのは、遊ぶときでもいいでしょ?』


―――とまあ、そんなこんなで。

その後30分ほどかかりながら、私たちは彼らを説得したのだった。