〈side 伊毬〉
彼女のファーストキスを奪えた時、どれだけの幸せを感じたことか。
彼女が皇逢を選んだ時、どれだけ落ち込んで泣いたコトか。
いや、それが今、なんだよなぁ・・・。
                                                                  
「伊毬・・・?入る、よ・・・?」
                                                                      
はは・・・末弟に気を遣われる長兄・・・って、雫宮からしたらすごくダサいだろうな・・・。
ガチャ、と音を立てて入ってきたのはやっぱり葦零で。
                                                             
「大丈夫・・・?じゃないよね・・・僕もだし・・・」
                                                               
気遣わし気な葦零に苦笑し、テーブルと椅子を奥から引き出して用意した。
                                                              
「心配かけてごめん・・・うん、僕は大丈夫。葦零と鈴蘭と朔冴に比べてダメージは少ないと思う・・・。ファーストキスを奪えたしね」

「うわ・・・さりげなく自慢入れてくるトコとかお兄ちゃんだよねぇ・・・」
                                                                          
呆れたように葦零が片眉を上げる。
でも、ウザいと言わんばかりの表情の中にも安堵が混ざってるような気がした。
ほんと・・・恋愛なんて、成功する方が珍しいのに・・・。
なんでこんなに本気になってるんだろ・・・。
                                                                 
「伊毬がガチになるなんて珍しいよね・・・」
                                                             
「それは葦零にも言えるよ」
                                                                   
驚いたように葦零が零し、僕も即答する。
葦零は特定の誰かと仲良くなるコトなんて有り得なかったのに・・・お兄ちゃんは弟の成長を感じるコトが出来て感慨深いよ。
それに、朔冴と鈴蘭だって・・・ねぇ?
本当に意味で『人間』になれていた気がするんだ。
                                                              
「僕・・・知らない伊毬の一面知って、それを知った元が自分じゃないっていうのは悔しいけど・・・うん。伊毬のそういうトコロ、好きだよ。人間味の無い人形みたいな王子様じゃなくてさ」
                                                                 
・・・どうやら、僕も成長していたみたいだ。
にしても『人間味の無い人形みたいな王子様』って・・・。
兄弟だから、だと思いたい。
雫宮にはバレてるとして、ほかの人には知られたくないから・・・。 
                                                                   
「僕・・・わがままだね。雫宮のファーストキスを奪えたのに心も欲しがるなんて・・・まだ、全然満足できてない。弟にまで嫉妬する日が来るなんて・・・ださ」
                                                                   
理想の王子様としていつも柔らかい口調を使っているが、兄弟の前だとリラックスしてしまう。
ホント、どこまでも中途半端な長男だ・・・。
それを考えると、皇逢が選ばれてよかったのかもしれない。
                                                                   
──でも。
                                                                  
──でも、それでも・・・自分が選ばれる可能性も高いと、過信していて・・・その分のショックは大きくて・・・。
                                                                 
──これから奪え返しに行けるのかな、なんて。
                                                                  
ちょっとだけ、夢を見ていたり。
                                                                   
〈side 伊毬 END〉