「お義父さん、今日は友人の家に泊まるのでご飯は作り置きしておきました。皇兄に訊いたら分かると思います」
「あぁ、楽しんでおいで」
今日は雲母の家に泊まる約束をしている。
明日がちょうど学園創立記念日なので、今日泊まらせてもらうのだ。
両親が亡くなって独り暮らし状態の雲母。
兄がいるらしいけど、両親が亡くなってから中卒でどこかへ消えてしまったそう。
雲母は兄に会いたくないらしいから、私は探したりはしないけど・・・。
もし雲母がその兄に会いたいなら、私は皐月家の跡取りとしての権力を使ってでも探し出す。
「じゃあ、このことを知ってるのは皇兄と毬兄だけなので、他の義兄たちにはよろしくお願いします」
「うん、朔冴らへんが暴走しそうだけど・・・頑張って止めるね」
「・・・え、は、い・・・じゃあ、行ってきます」
ペコリと頭を下げ、家を出ると。
「・・・うん」
ちゃんと車が用意されていた。
そりゃ、歩いていくには遠いけど。
「お願いします」
「はい、お嬢様!ではシートベルトはしましたか?安全第一ですからね!じゃあ発進します!」
今日も元気な運転手さんに頷き、変わっていく窓の外を見つめる。
15分くらい経った頃、車が止まった。
「住所はこちらで間違いありませんね。お嬢様、到着しましたよ!一応僕がインターホンを押しましょうか?」
「いえ、知らない人間がインターホンを押してきたら驚くでしょうし、また家に連絡するので帰りもよろしくお願いします」
「お任せください!」
家が間違っていたらいけないので、運転手さんは私が雲母を確認するまで家の前に車をとめてくれている。
                                                                 
──ピーンポーン
                                                              
『はい』
「雫宮です」
『雫宮?!今開けるね!』
雲母の嬉しそうな声が聞こえ、車の窓からこちらを窺っていた運転手さんに一つ頷く。
運転手さんは頷き返してくれたものの、主人の子である私が家に入るまで安心できないらしい。
車を発進させることはまだなかった。
「雫宮、いらっしゃい!入って!私しかいないけどお菓子もジュースもゲームもあるから!」
雲母が私の手を引き、後ろで車が発進する音がした。
「お邪魔します」
脱いだ靴をそろえて家に上がると、雲母が感心したような顔で私を見ている。
「律儀だねぇ」
「いや、作法としてもマナーとしても当たり前だよ」
これをしないと失礼になるのは分かってるはず・・・はず。
「ねぇ、今日は私と一緒に寝てくれる?」
「ん?いいけど・・・」
「じゃあまず部屋行こ!案内するね」
玄関から一番遠い、二階の突き当りの部屋。
「このベッドね、お母さんがいた時に一緒に寝てたの」
部屋の奥にある、一人で寝るにしては大きすぎるダブルベッド。
「それでね・・・」
雲母が話を続けようとしたとき。
「・・・」
「どうしたの?」
「雲母・・・家族は何人」
「え?・・・お母さんと、お父さんと、お兄ちゃん。生きてるのはお兄ちゃんだけ・・・」
「合鍵を持ってるのも?」
「うん・・・親戚も一応持ってるけど遠い所に住んでるから・・・お兄ちゃんくらいしか・・・」
「そのお兄ちゃん、帰ってきたみたいだよ」
微かに玄関のドアが開いた音がした。
「え・・・お兄ちゃんが・・・」
出会って初めて、怯えるような表情を作った雲母。
玄関から一番遠いといえど、豪邸ではないので1分もかからずにつく。
「大丈夫・・・雲母に危害を加えようとしたら潰すから」
安心させるように雲母の肩を抱き寄せ、背中を撫でる。
前の私だったらこんなこともしてなかったな・・・。
                                                                 
──トン、トン、トン、トン・・・
                                                                      
足音が近づいてくる。
「雲母・・・」
再び雲母に声を掛けたとき、優しい気配がした。
この気配、私は知ってる・・・。
私が心を開く人。
私を捨てなかった・・・。
──ガチャ
「ノックくらいする」
入ってきた雲母の兄は。
「やっぱり・・・」
「雲母の兄だったんだね」