夜──
「お義父さん、ちょうどいいところに」
「雫宮、もう夜ご飯かな?」
「はい、用意が出来たのでダイニングに来てください。テーブルの椅子がいつもより一つ多いので義兄(あに)たちも不審に思っているようです」
「そうかい。面白いコトになりそうだね・・・なんて強がっていられないね」
お義父さんの部屋へ向かっていると、ちょうど部屋の外にいたお義父さんと会った。
苦笑するお義父さんに、ふと疑問に思ったコトを聞いてみる。
「お義父さんはなぜ外に?」
「せっかく家に帰ってきたのに仕事のし過ぎだって秘書に追い出されてね」
なるほど・・・たしかにお義父さんとはあまり会わない。
家族を全体的に避けてるのかと思っていたけど、仕事に没頭していたみたいだ。
「今日はロールキャベツですよ」
「いいね」
シェフが作ったロールキャベツ、葦零がお気に入りなんだよ、とお義父さんが内緒話をするかのようにヒソヒソと教えてくれる。
では喜んでもらえるだろうか、と考えながらお義父さんとダイニングに行く。
「雫宮、なんか椅子多いけど・・・って・・・」
ダイニングにつながる扉を開けたとたん、鈴兄に声を掛けられる。
どうやらもう義兄は全員揃っているみたいだ。
「父さん・・・」
「・・・鈴蘭」
呆然としている鈴兄がお義父さんを呼ぶ。
名前を呼び返したお義父さんに、固まっていた周りのみんなも我に返ったようだ。
鈴兄の顔も段々と険しくなる。
「・・・今日は、お義父さんも一緒に夕飯を食べようと思って」
補足をすると、鈴兄はその途端に表情を和らげた。
「雫宮が・・・わかった、一緒に食べよう」
鈴兄は明らかに視界にお義父さんを入れないように動きながら、椅子に座る。
残念ながら、鈴兄の席の前がお義父さんの席だ。
それに気づいていたのか、絶望したように固まる鈴兄。
ごめん鈴兄・・・。
私の席はいわゆるお誕生日席なので、どうしても6人でテーブルを囲むと前に誰もいない人が出てくるのだ。
それが、鈴兄だった。
南無・・・。
「いただきます」
こんな空気の中、お義父さんがロールキャベツを頬張る。
そんな肝の太さも当主としての生活で養ったものなんだろう。
「・・・あの」
仕方ないから、私から話を切り出す。
「私は養女としてきた身だし、みんなとは血も繋がっていないし・・・家族のコトに口出しするのはやめようって思ったけど、・・・聞いてもいい、よね?・・・なんでこうなったの」
私はそもそも人の話に首を突っ込むのを好まなかったし、突っ込みたいと思うような興味関心もなかった。
「・・・原因は僕だよ、雫宮。この子たちは人間の心理に従っただけ。僕が・・・この子たちを捨てたも同然。跡取りに悩んで、全員駄目な子に思えてきて。だから雫宮を引き取った。もうお互い親子のようには思っていないのかもしれないな・・・。僕がこの子たちにそんな態度をとるから・・・この子たちも僕に会うのは嫌かなって。だから帰らなくなったらもう・・・家にも戻れないようになって」
「・・・自覚してたなら、なんで」
「なんでだろう・・・伊毬たちは僕のコトが嫌いだろう?僕が兄弟間に入って邪魔したくないのかも。僕がいなくて兄弟で仲良くなってるのに僕がその仲を引き裂くことはできない・・・ごめんね」
息子を愛してるのに・・・愛されない。
私が仲を取り持つことは間違っている。
「父さんが・・・言ってくれれば。言ってくれれば俺たちは寂しい思いをしないで済んだ・・・?」
零兄は寂しげに瞳を揺らし、潤んだ瞳でお義父さんを見つめた。
「葦零・・・すまない。もしお前たちが許してくれるなら・・・僕は、また父親としてやっていきたいんだ。あまりにも身勝手な願いだけど」
自嘲するように笑ったお義父さんに、皇兄は苦い顔をした。
「俺は・・・別に、父さんが仕事人でも・・・俺の父さんだってコトに変わりがないのは分かってたのに」
なんで、と皇兄が呟く。
「勝手に想像して傷ついて父さんに酷い態度をとったのはこっちだった・・・」
酷く後悔したように俯く皇兄。
それに続いて、みんなも顔を伏せる。
はぁ・・・。
もう終わりだと言わんばかりの父親と息子の様子に呆れ、心の中で溜息を吐く。
「なんで仲直りしないの?」
「え?雫宮、僕たちはもう・・・」
私の言葉に驚いたように私を見るお義父さん。
「失った15年から18年なんて簡単に取り戻せます。取り戻したくないならいいですけど」
理解できないと言わんばかりの表情をみんなに向け、ロールキャベツを食べ進める。
「伊毬たちは・・・それでいいの?」
「僕は構いません」
「・・・俺も」
「俺も・・・」
「俺も。親と仲良くしといたほうがいいですよね?」
「僕も父さんと仲直り・・・したい」
・・・よかった、反発する人はいないようだ。
「・・・無関係の私が口挟んでごめん」
「なに言ってんの」
ぼそりと謝った途端、皇兄が被せるように否定する。
「雫宮はもう無関係じゃない。血は繋がっていなくても家族でしょ」
・・・家族、ね。
皇兄にとって私は面倒な家族だろう。
選べるなら愛想がよくて甘えじょずな可愛い妹が欲しいだろーに。
「雫宮が義妹になってくれてほんとによかった」
嘘とかじゃなくて、本心で言ってるのがよくわかる表情で鈴兄が呟いた。
「僕も雫宮を娘にできて嬉しいよ。親子仲も修復してくれるなんて・・・」
皮肉みたいなセリフだけど、お義父さんの声音は優しい。
「っていうか~」
零兄が今気づいたと言わんばかりに大声を上げた。
「雫宮がこんなコトしてくれるようになるなんて~。来たばっかりの雫宮じゃ突き放してたでしょ~」
「たしかに雫宮は成長したね」
零兄に続いて毬兄も同意するように微笑む。
私が・・・、義兄に気づいてもらえるほど、成長・・・。
「雫宮は頑張ったんだな」
皇兄のその一言に、ぶわっと顔が熱くなった。
「雫宮・・・赤い。照れて・・・る?可愛い・・・」
朔兄さえもからかい(?)に入ってきて、私は思わず俯く。
「っは、早く食べてっ・・・」
大皿を義兄たちのほうに突き出し、私はご飯をかき込んで席を立った。