白家別邸の書斎にて、文禪は几案に肘をつきつつ顎に手を添えた。
憂嘆するような面持ちで思索を巡らせる。
謹慎は明けたものの、いかにして朝廷へ舞い戻るか窮していたこの折、元明や宋妟の人事を聞き及んだところであった。
鳳姫が誅罰により後宮を追放されても、鳳家に対する王の寵愛は堅く不変のものであるようだ────そう思い至った文禪は、とびきり上等の料紙を広げ、筆を持った。
したためた書翰を奉公人に手渡すと、思わしげに口端を持ち上げる。
「これを鳳家へ届けるのだ」
書翰の内容が実現すれば、陥落した白家の地位も一気に向上し、文禪も返り咲くことができるであろう。
橙華の件では、実に生意気な娘だと鳳姫に腹を立てたものだが、利用できるものはこの際何でも利用してやる。
◇
「縁談!?」
驚愕した春蘭と櫂秦の声が重なった。言葉にこそしなかったが、紫苑もまた動揺を禁じ得ない様子である。
首肯した元明は白家から届いた書翰を差し出した。
「うん、当主直々の申し入れでね……。白家の公子である淵秀殿と春蘭の婚姻を推し進めたい、と」
それぞれの脳裏に彼のことが思い浮かんだ。清然と慎み深い優しげな美青年────。
彼と春蘭が並ぶ姿は紫苑や櫂秦も幾度となく目にしてきたが、事実、一幅の絵のように様になっていた。
こたびの縁談は鳳家の権勢を利用せんとする文禪の思惑が覗けるが、それでも淵秀にとっては満更でもないのではなかろうか。
これまでの様子を見た限り、彼は春蘭のことを憎からず思い、意識しているように感じられた。そう考えた櫂秦は暢気な調子で言う。
「ま、あのワカサマいい人だったし悪い話でもないんじゃね? 後宮みたいにどろどろ化かし合いしたり陥れられたりすることもねぇし、王に嫁ぐよりよっぽど幸せになれるだろ」
紫苑は思わず春蘭を窺うが、書翰に目を落としたまま何も言わなかった。
どこか晴れない表情を見やり、気遣うように元明はとりなす。
「まあまあ……いますぐに決める必要はないから。何度か会ってみて、よく考えてからでも遅くないよ。大事なのは春蘭が後悔しないことだ」



