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 旺靖が左羽林軍の屋舎(おくしゃ)から出たとき、小門前が騒々しいことに気がついた。
 そこには春蘭を追ってきたのであろう紫苑と櫂秦の姿があり、衛士(えじ)たちに止められているところであった。
 ほくそ笑んだ旺靖が悠然と歩み寄ると、一礼した衛士たちが下がる。

「……旺靖」

「ちょうどよかった。おまえが尋問の担当なのか?」

 それぞれの縋るような眼差しを受け、旺靖はいっそう笑みを深めた。

「そうですけど、もう尋問は終わりましたよ」

 驚きを(あらわ)にするふたりを眺め、言を繋ぐ。

「お嬢は()をすべて自白しました。国法に背き、これまでずっと罪人を(かくま)っていたと。奴が罪人だということを承知で」

 確かに夢幻なる男が鳳宋妟であること、すなわち自身の叔父であったことは知らなかったようではあったが、それでも高札(こうさつ)人相書(にんそうが)きにより罪人であったことは承知していたようだ。
 ────三年前からいまに至るまでの経緯(いきさつ)と夢幻の正体を聞き及ぶと、言葉を失った紫苑と櫂秦は呆然とした。
 にわかには信じ難い衝撃的な事実であるが、春蘭や宋妟がそれぞれに背負ってきたことは確かであろう。ひとえに互いや周囲を思い、並々ならぬ覚悟を(もっ)て沈黙を貫いてきた。

 春蘭の人となりを思えば、ただの憐憫(れんびん)や同情を理由に宋妟を守る判断をしたわけではないはずである。
 罪人と言われているが、それが濡れ衣であると信じるに値する根拠でもあったのではないだろうか。
 紫苑は咎めるような厳しい眼差しを旺靖に向ける。

「……待て。そもそも宋妟殿の罪を立証することもできていないのだろう? ならば、お嬢さままでもを有罪だと決めてかかるのは、あまりに早計(そうけい)で乱暴じゃないか」

「そうだぞ、死にかけてた奴を助けただけだろうが。それの何が悪いんだよ」

 同調した櫂秦であったが、旺靖は一笑(いっしょう)()す。

「それでも罪人であることに変わりはねぇんだよ。そうと知りながら隠匿(いんとく)してきた罪は重い……。家門のために口を噤み続けてたなら尚さらな」

「でも、それは知らなかったんだろ!」

「どうだか。……ま、事実は事実だからな」

 一貫して対立的な姿勢を崩さない旺靖に、それでもなお怯まず言を返そうとしたが、その前に彼が「そうだ」と思い出したように言った。

「おまえらもお嬢に協力してたんだろ? 面倒だから牢に入ってろよ」

 顎でしゃくって示した旺靖に従い、衛士らはふたりの腕を掴んで拘束する。もがき抗うも敵わない。
 冷ややかに笑う彼を紫苑は不可解そうに眺めた。
 表情も言葉も行動も以前とは明らかに異なっており、まるで別人のようである。

「旺靖……。おまえ、味方だったはずじゃ────」

「味方? ……誰の?」

 彼は嘲るような冷笑をたたえ、小首を傾げてみせた。

「誰につくかは時世次第ですよ。裏切り者なんて言わないで欲しいね。……ほら、さっさと連れていけ」