「さて、それじゃそろそろ本題に戻りましょうか。今度はお嬢のこと聞かせてもらおう」

 彼は絶えず笑んでいたが、そこにあたたかみや親しみは微塵(みじん)も込もっていなかった。
 春蘭はますます警戒心を深める。

「堂にいた男……鳳宋妟を、なぜ(かくま)っていた?」

 弾かれたように顔を上げた春蘭は息をのむ。瞠目(どうもく)した瞳が衝撃で揺れた。
 いま、なんと言ったのだろう。
 夢幻の実の名が“鳳宋妟”ということは、彼は鳳家の人間だった……?

 春蘭の動揺を別の意味で解釈したらしい旺靖は、可笑しそうに笑う。

「なーんて、聞くまでもないですね。同じ一族の人間だから。そうでしょ?」

「……誰、が。夢幻のこと……?」

「とぼけないでくださいよ。知らなかったとか言うつもりですか? 鳳宋妟は当主である宰相の実の弟で、あんたの叔父だ」

 咄嗟に意味を理解できず、春蘭は目を見張ったまま狼狽(ろうばい)してしまう。
 まさか彼が鳳家の者で、それも自身の叔父であったなどとは夢にも思わなかった。
 しかし夢幻が、(いな)、宋妟が惜しみなく春蘭に手を貸してくれていたのは、心からの忠言をくれていたのは、報恩(ほうおん)ばかりが理由ではなかったのであろう。
 彼は春蘭が自身の姪であることに気づいていながら、それでも終生名乗り出るつもりはなかったということだ。

「……まさか、本当に知らなかったのか? じゃあやっぱ、あんたはとんだお人好しだ。法に背いても見ず知らずの他人を助け、自分の危険も(かえり)みないなんて」

 呆れたようなもの言いで旺靖は言った。
 衝撃と動揺に明け暮れ、未だ立ち直る気配のない春蘭を眺め、面白がるように口端を持ち上げる。

「そんなお嬢にひとつ、いいことを教えてやるよ」

 悠々と立ち上がり、卓子(たくし)を回った旺靖は春蘭のいる側へと歩んだ。
 後ろで手を組み、彼女の傍らで足を止める。

「いま、奴も同じく尋問を受けてる。大将軍が直々(じきじき)に取り調べてんだ。つまり、こんな生ぬるいもんじゃない」

「……!」

「拷問だよ、拷問。死なねぇ程度に痛めつけ、血反吐(ちへど)を吐いても逃れられない……。洗いざらい白状するまで地獄のような苦痛を味わい続けるんだ」

 腰を折り、覗き込むようにして言った。
 おののいたような春蘭の耳に顔を寄せ、もったいぶって囁く。

「賢くて優しいお嬢なら分かるよな? 奴を助けるにはどうするべきか」

 恐る恐る顔をもたげた春蘭は旺靖を見上げた。
 恐怖と侮蔑(ぶべつ)、批難の混じった暗色の眼差しを受け、旺靖は陶酔(とうすい)するほどますます興がる。

「さあ、どうする?」