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 春蘭や宋妟の取り調べに際し、その全権を得た悠景の指示により旺靖が現場の責任者となった。

 禁足(きんそく)を命じられていたが、尋問のために羽林軍へ連れてこられた春蘭はひとりその一室へ通される。
 いずれも、何人(なんぴと)も面会を禁じられたが、朔弦は見張り役を買収し、密かに春蘭と(かい)していた。

「朔弦さま……」

 その姿を見た春蘭は驚いたように目を見張る。一拍置き、沈痛(ちんつう)な面持ちで俯いた。
 妃選びが始まるより以前、こたび露見(ろけん)した全容を先んじて把握しながら、目を瞑り口を噤む判断をしてくれた朔弦にどう(おもて)を向けるべきか迷った。

 春蘭らにとって不都合であっても、(おおやけ)に取り沙汰することが悠景の正義なのであれば、致し方がないと諦めようとした。彼の行動は正しい。
 夢幻の言う通り、仕組まれていたのであろう。
 この頃合いで唐突に、くだんの件が露呈(ろてい)したことは不自然でしかない。

 夢幻の生存を嗅ぎつけ、あらかじめ春蘭を怪しんでいた何者かが、悠景の権限と義烈(ぎれつ)さを利用した。
 その目的は義憤(ぎふん)によるものであったのだろうか。あるいは春蘭を狙った(はかりごと)であったのだろうか。

「……おまえに伝えておかなければならないことがある」

 思索(しさく)(ふけ)っていた春蘭は、その言葉に現実へと立ち返る。
 ひときわ儼乎(げんこ)たる表情に思わず身構えるが、それは尋常ならざる事態を表すほかに、気もつれを覆っているせいのようにも見えた。

「もう、叔父上のことは信用しない方がいい」

「え……」

 墨汁のごとく滴り落ちた言葉が心に染みを作る。
 朔弦は謹厳(きんげん)な面持ちのまま言を繋いだ。

「今回のことは、すべて叔父上の独断だ。必要以上に鳳家を敵対視し、粗探しなど始めて……わたしにさえひとことも告げることなく、陛下まで巻き込み、事を荒立てた」

「そんな」

「忠告もすべて無視した上で暴挙(ぼうきょ)に出ようとしている。……もう、味方とは言えない」

 もともと闊達(かったつ)で楽観的な性分(しょうぶん)である彼は、何かと大胆な選択に走りがちで、その判断も短絡的であることが多かった。
 今回のことにしてもそうだ。あまりに極端な結論のせいで、最終的に“鳳蕭鏖殺(おうさつ)計画”などという到底信じ難い企てを心に秘めていることをにおわせた。
 春蘭の手前、さすがにそのことは黙っていたが、このまま傍観してはいられない差し迫った状況へと既に突入していた。

 朔弦の言葉に衝撃を受けると同時に、そう口にした彼がどんな気持ちであるか、思いを()せた春蘭は沈痛な表情になる。
 裏切りとも言える仕打ちをなした悠景に対する怒りや不満より、このような所業に走らせたことそのものに負い目を感じた。
 蕭家の前例があるせいで、春蘭が後宮へ留まったせいで、鳳家に対する必要以上の危機感を煽ったことを思うと、許容はできずとも悠景の心境には想像が及ぶ。