「……何だと?」
悠景は憤然と露骨に気色ばみ、眉をひそめる。批難じみた眼差しを突き返した。
「本質を見失ってるのはおまえだ、朔弦。鳳家に丸め込まれてる陛下は、目と耳を塞がれてる。鳳家はその寵愛をいいことに、ますます増長して好き放題やるだろう。だから、俺が陛下の目を覚ますしかねぇんだよ」
「……何をなさるつもりですか」
「そうだな……。単に鳳家を滅ぼしたところで、今度は蕭家の生き残りが力をつけ始めて同じことの繰り返しになるだろうから────」
「…………」
「まとめて鏖殺すればいい。鳳姓、蕭姓を持つ奴らを残らず皆殺しにする。そうすれば世は平等になるだろ?」
悠景は不敵な笑みをたたえていたが、その言葉はおよそ冗談などでなく彼の本意でしかないのであろう。
その双眸に隙はなく、鋭い眼光を宿していた。
「そんなことをしたら、民は混乱し、民心も離れてしまう。誰もついては来ないでしょう」
詭弁でしかない。そう一刀両断した朔弦の声にいっそう熱が込もる。
到底、正気とは思えない危険極まりない思想を、ほかでもない叔父が肥やしていたことに衝撃を受けてしまう。
「鳳家も蕭家も、国が興った当初から王をそばで支え、貢献してきました。絶大な力を持っているのはその功績に準ずるものであり、決して不当なものではない。蕭容燕が暴挙に出たというだけで、本来その二姓は誰より王に忠誠を誓っている証なのですよ」
謹厳な面持ちの朔弦は咎めるかのごとく切諌し、言を繋ぐ。
「民たちは光玄王のみならず、彼ら一門のことも英雄として崇め、尊敬しているのです。だからこそ、陛下も蕭家を根絶やしにはしなかった。……それなのに、叔父上がその英雄を害せばどうなると思いますか。許されるはずがありません」
かくも本気で彼に異を唱えたのは初めてのことであった。
朔弦は冷徹ながら忠順であり、悠景に対する尊敬の念があったからこそ、その意を重んじ従ってきた。文字通り身命を賭してきた。
悠景もまた、そんな彼に全幅の信頼を寄せていたゆえに、いかな忠言も受け入れ、蓮の台の半座を分かち合ってきたのである。
────しかし、こたび悠景は一笑に付した。
「まあ、そう熱くなるなよ。よーく分かった。おまえも陛下や無知な民草と同じだってことがな。待ってろ、おまえの目も覚ましてやるから」
「叔父上!」
「いい加減にしろ。くだらねぇ戯言に付き合ってる暇はねぇんだ」
そう言い捨てると、悠景は振り返ることなく執務室を出ていった。
勢いよく閉められた扉に目をやり、失意に陥った朔弦は眉根に力を込める。もどかしさを吐き出すように嘆息した。
「……こたびばかりは、叔父上が間違っています」
独善的に驀進していく背を思い返しては憮然としてしまう。
それは、ふたりの間に明確な亀裂の入った瞬間であった。



