自身の執務室で几案(きあん)に向かう叔父を、朔弦は黙して眺めていた。
 何やら険しい面持ちで思索(しさく)(ふけ)っているように見受けられる。
 どこか釈然(しゃくぜん)としない思いを抱える悠景は腕を組んだ。

 蕭家の凋落(ちょうらく)により、世は鳳家一強となった。
 空いた兵部尚書や侍中の座、ほかにも吏部尚書など蕭派が独占していた地位には、後釜(あとがま)として今度は鳳派が就くこととなった。
 また、後宮では春蘭が王の寵愛(ちょうあい)を独占している。御子(みこ)が産まれれば、鳳家の力はいかばかりになるか────。

 春蘭が煌凌にひとこと頼みさえすれば、煌凌はすぐにでも王位を子に譲るであろう。
 かくして春蘭を中心に鳳家が垂簾(すいれん)(まつりごと)でも始めようものなら、傀儡(かいらい)国家の再来である。間違いなく国が傾く。

 あくどい蕭家のことは確かに成敗(せいばい)すべきであったが、政局(せいきょく)均衡(きんこう)が崩れたのも事実である。
 いまや鳳家に対抗できるような家門もなく、余人(よじん)の及ぶところではない。天下を取ったといっても過言ではなかった。
 誰も彼もが鳳家に取り入ろうとする現状と、鳳家縁者や鳳派を要職に就ける王に、悠景は辟易(へきえき)していた。

「……なあ、朔弦。おまえはこのままでいいと思うか?」

「…………」

 叔父の心中を的確に見抜いた朔弦は、あえて何も言わなかった。
 今度は鳳家を敵視し、陥落(かんらく)するつもりかもしれない。
 あまりに安直で短絡的な、危険極まりない考え方と言える。
 秀眉(しゅうび)を寄せた朔弦は叔父の動向に警戒心を募らせつつ、頑として賛意(さんい)を示さなかった。



 夜が更け、悠景のもとから朔弦という厄介な“お()り”が離れたのを見計らい、旺靖は罪人名簿を片手に彼の執務室を(おとな)った。
 蕭家がのさばっていた頃は唯一の対抗馬であった鳳家に左袒(さたん)しておきながら、いざ勝利をおさめた鳳家の世となると、不承不承(ふしょうぶしょう)の悠景はまたしても不平を募らせているようだ。
 探りを入れ、彼の心境を悟った旺靖はほくそ笑んだ。これを利用しない手はない。

「おまえが何の用だ? 朔弦ならもう戻ったぞ」

「いえ、大将軍にお話があって来ました」

 いつもの軽薄(けいはく)な態度を装いながらも、その双眸(そうぼう)に宿した鋭い光を濃くする。
 悠景は「俺に?」と首を傾げた。旺靖が頷く。

「────実は以前、莞永さんが妙なこと言ってたんすよね」