桜花彩麗伝


 血走った双眸(そうぼう)に航季を捉え、激しい憤りをぶつける。

「黑影が捕らえられた以上、貴妃を狙った黒幕がそなただと露見(ろけん)するのも時間の問題。安直なそなたのせいで蕭家は(しま)いだ!」

「ち、父上……。申し訳……」

「再起を図る機会も(つい)えた。能もなく頭も悪い出来損ないが、なぜ一存(いちぞん)暴挙(ぼうきょ)に出たのだ!」

 辛辣(しんらつ)な言葉に瞠目(どうもく)した航季の瞳が揺れる。
 無意識のうちに呼吸を止めていた。身を震わせながら、傷ついたような表情で容燕を見返す。

「わたしはただ、父上のために……」

「黙らぬか! 邪魔立てしかせぬくせに、わたしの息子を気取るでない。言ったではないか、そなたでは不足だと!」

「……っ」

「碧依でなく、そなたが出ていくべきだった。……碧依の足元にも及ばぬ、痴鈍(ちどん)な愚か者め」

 (さげす)むように冷ややかな眼差しを突き刺され、航季の世界は色を失った。
 愕然(がくぜん)と抜け殻のように立ち尽くし、たたらを踏む。

 ────容燕は実子ですら、自身の駒として扱う残忍な男である。
 しかし、航季にはそもそも駒としての価値すらなかったようであった。
 偉大な父のもとに生まれ、家を出た長子(碧依)の代わりに自分が嫡男(ちゃくなん)として育てられ、期待に応えるべく絶えず気を張り続けていた。
 だが、実際にはそんな器量もないために、食らいついても空回りばかり────兄を(ひが)み、憎み、どんどん卑屈(ひくつ)になっていった。

「………………」

 格子を掴んでいた手が力なく滑り落ちていく。
 ……ただ、父の役に立ちたかった。必要とされたかった。
 それだけが、自分の存在意義であったのに。
 容燕に突きつけられた(やいば)のような言葉の数々は、航季にとって死よりも残酷な苦痛を伴っていた。



     ◇



 春蘭が兇手(きょうしゅ)からの襲撃に遭ったことを聞き及んだ煌凌は、蒼白な顔でその身を案じた。
 彼女自身は無事であり、衛士(えじ)である紫苑と櫂秦も軽傷で済んだことを確かめると安堵する。

「大事に至らず、本当によかった」

「……心配かけてばっかでごめんね」

「まったくだ」

 むっとした表情で煌凌はその頭を撫でた。
 ことあるごとに何事かに巻き込まれては、渦中(かちゅう)の人物となっている春蘭とともにいると、心臓がいくつあっても足りないほどである。

「でも、これで確かな足がかりを得たわ。蕭家を断罪できる」

 側室を狙い、刺客(しかく)を差し向けたとなれば、言い逃れや酌量(しゃくりょう)の余地もない。
 容燕や航季のいずれが首謀者であったとしても、連座(れんざ)で裁くに値する重罪である。
 表情を引き締めた王は静かに頷き、清羽を呼び寄せた。

「捕らわれた蕭家の手先の身柄を羽林軍へ移し、悠景と朔弦に尋問させよ。手段は問わぬ。必ずや自白を勝ち取るのだ」