煌凌が桜花殿を(おとな)うと、そこには紫苑や櫂秦のほか、朔弦の姿もあった。
 彼らの注意深い眼差しに気づいていながら、脇目も振らず春蘭のもとへ歩み寄る。
 そのまま、縋るように強く抱き締めた。

「え……っ」

 くぐもった驚きの声がすぐそばで聞こえ、肩口が一瞬くすぐったくなる。
 驚いたのはその場にいたほかの面々も同様であった。
 わけも分からないまま抱きすくめられていた春蘭は、混乱を(あらわ)にしつつもどうにか煌凌を引き剥がす。

「ま、待って。なに? どういうことなの?」

 芙蓉の死に心を痛める傍ら、王として正しく断罪してみせたことが衝撃的で未だに戸惑っていた。
 いまの行動についても、いったいどういうつもりなのだろう。

「……すまぬ、春蘭。何も言わず、偽ったせいでそなたを傷つけた」

「え? 嘘って……どこからどこまでが?」

「少なくとも芙蓉に関することはすべて嘘だ。そなたと会わぬと言ったのも、話さぬと言ったのも」

 泣き出しそうなほど不安気な表情で、王は懸命に言を紡いだ。
 (いわ)く、芙蓉に惚れ込んでいたわけでも、気に入ったから側室に迎えたわけでもないという。
 朔弦は怪訝そうに眉を寄せた。

「では、いったいどういうおつもりで?」

「あの者が……帆珠と結託していることをほのめかしたのだ。ゆえにあの者を取り込めば、帆珠を陥落(かんらく)する足がかりになるのではないかと思って」

 王の突飛(とっぴ)で奇怪な行動の裏にあった真意が明かされ、一様に驚かされる。
 視線を落とした彼は力なく言を繋いだ。

「しかし、半ばで帆珠と手を切ったようで、結果としてうまくいかなかった。危険因子を排するには至ったが……」

「……マジかよ。俺たちまですっかり騙されてたぜ」

 唖然と口を開けていた櫂秦がややあって言うと、紫苑も「ええ、本当に……」と困惑気味に頷く。
 芙蓉に騙された彼が心底入れ込み、王たる本分も春蘭の存在も(ないがし)ろにしたものであるとばかり思っていた。
 あれほど仲睦まじかったのが嘘のように、彼の心がほかへ移ってしまったのだと────彼であるからこそ春蘭を任せられる、と安心した紫苑の信頼をも裏切る形となっていたのに。

 同様に王に呆れ、さらなる暗君(あんくん)へ落ちぶれたと半ば失望していた朔弦もまた、その知られざる思惑に驚愕していた。
 まさか自分をも騙し通し、いかな批判や拒絶もものともせず、ひとりで講じた策を貫徹(かんてつ)するとは。

 これまでの彼からは想像もつかない成長ぶりである。暗君どころか、むしろ着実に聖君(せいくん)へと近づいていることであろう。
 かくして周囲のすべてを欺いたからこそ、慢心(まんしん)してつけ上がった芙蓉に、王のてのひらにいることを最後まで気づかせなかった。