桜花彩麗伝


 王の糾弾(きゅうだん)するような厳たる眼差しが春蘭に注がれる。
 それを窺い見た芙蓉は、再び浮かべた笑みを深めた。
 何もかもが目論見通りであり、この期に及んで春蘭に弁解の余地はない。
 やはり、かっ(さら)った王の寵愛(ちょうあい)は揺らぐことなく自分に向けられていたようだ。完全なる罠に(はま)った春蘭は間もなく、なす(すべ)なく破滅へと向かう。
 彼女とは勝負ありといったところであろう。

 しかし、信じられないことに、王は続けざまにその眼差しを芙蓉へ突き刺した。

「……などというのは詭弁(きべん)に過ぎぬ。こたびの一件は、才人による狂言(きょうげん)というのが真相だ」

 断言された内容に、場は混乱したようにざわめく。
 突如として槍玉(やりだま)に挙げられた芙蓉は即座に反論できず、瞠目(どうもく)したまま言葉を失っていた。

「自ら毒を飲んだ才人がその毒薬を桜花殿へと忍ばせ、錦衣衛の捜索で発見されるよう仕向けた。貴妃を陥れんとする陰謀だ。そうであろう?」

「……っ」

 さっと血の気が引いていく。何ごとかと返そうとするが、鯉のようにぱくぱくと口を開閉させることしかできない。
 すっかり動揺に飲み込まれ、理解が追いつかなかった。
 しかし、王の推理は正しい。すべては芙蓉の自作自演に過ぎず、春蘭を陥れることが目的であった。
 ここまで完璧に立ち回り、抜け目なく仕組んだはずであったのに、なぜほかでもない彼に見破られてしまったのだろう。

「とんでもない言いがかり……妄言(もうげん)です! わたくしは被害者なのに、何かそうおっしゃる証拠でもあるのですか!?」

 無礼千万を恐縮する余裕はなく、芙蓉は蒼白な顔で突き返した。
 しかし、王の余裕が乱れる気配はない。
 想定内の問いであったのか、目配せをして控えていた菫礼を呼び寄せた。
 彼は黒色と白色の(つい)となったふたつの小瓶を差し出す。

「見覚えがあるのではないか?」

「それは────」

「黒い小瓶はそなたに使われた毒薬。そして、もう一方の白い小瓶はその解毒薬だ」

 芙蓉は息をのんだ。足元がぐらりと揺れ、傾いていく錯覚を覚える。
 白色の小瓶を掲げた王は毅然と言を繋いだ。

「この解毒薬を、そなたが倒れるより以前に先んじて入手していたことが分かった。まだ事実を認めぬと言うのなら、納得できるよう理由(わけ)を説明してみせるがいい」