桜花彩麗伝

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 芙蓉が毒を盛られ倒れた件と、春蘭の居所(きょしょ)でその毒が発見されたことを聞いた王は、すぐさま立ち上がった。
 錦衣衛により下された禁足(きんそく)を解くため、自ら桜花殿へ向かおうとしたが、寸前で思いとどまる。

 ……いま、会いにいったところで何にもならない。
 王が春蘭の無実を信じ、一存でそう断じたところで誰が納得するであろう。
 誰の目にも明らかな証拠が提示された以上、覆すには相応の切り札が必要である。
 目には目を、歯には歯を────証拠には証拠を。

「菫礼。そなたに調べて欲しいことがある」

「……何なりと」



 それから二日後、死のふちを彷徨っていた芙蓉は目を覚ました。
 すっかり毒も抜け、じき回復へ向かうであろうという侍医の見立てである。

 芙蓉に同情する声が高まった結果、筆頭(ひっとう)の犯人候補として禁足されている春蘭に対する非難が増し、彼女への糾問(きゅうもん)を求める上奏(じょうそう)が連日あとを絶たなかった。
 そこで、王は異例ながら朝議(ちょうぎ)にて取り沙汰することとし、渦中(かちゅう)の人物である春蘭と芙蓉を、それぞれ百官(ひゃっかん)の連なる泰明殿へ召喚した。
 芙蓉は既に立ち上がり、話せるほどには回復していた。

「主上、賢明なご判断を何卒!」

「鳳貴妃さまに(しか)るべき罰をお与えくださいませ」

 蕭派が中心となって(おみ)らが口々に訴えかける中、鳳派はいづらそうにそれぞれ目を見交わしていた。
 春蘭が犯人として疑われているということもあり、元明がこの場へ参上することを控えたために、彼らは出方を決めかねていた。
 元明が娘の無実を信じていることは言うまでもないが、表立って擁護の姿勢を示さないのはひとえに鳳家の家名を守るためであろう。

 春蘭への非難一色であることを悟り、芙蓉は人知れずほくそ笑んだ。
 計画に手落ちはなく、すべてが順調だ。まさしく狙い通りの展開である。
 春蘭の冷宮送りは堅いように思われた。

「……そうだな。王として合理的な処遇を申し渡そう」

 静かに頷いた煌凌は玉座から立ち上がると降壇し、中央に並ぶふたりの妃の前で足を止めた。
 一方は縋るように不安気な面持ちで俯き、一方は被害者であることを忘れたように笑んでいる。

 しん、と殿内は水を打ったように静まり返っていた。
 誰もが重厚な雰囲気をまとい、断罪のときを待っている。

「────こたび、食事に毒を盛られた才人は生死の境を彷徨った。余の側室を狙うとは、道理に背いた許されざる重罪だ」

 王の厳しい声色が空気を震わせる。
 芙蓉はいまさら思い出したかのように、沈痛な表情をつくってみせた。

「そして、あろうことかその毒薬は鳳貴妃の居所である桜花殿で発見された。このことから示される結論はひとつ。才人を狙った犯人は鳳貴妃である、ということにほかならない」