桜花彩麗伝


 ()とも(いな)とも答える前に、兵たちは一方的に散っていった。
 卓子にある引き出しや飾り棚、衣装部屋にある鏡台まで、無遠慮に踏み込んではひっくり返していく。

「おい────」

「口出しは無用。我々の捜査を妨害した者は、誰であろうと連行する」

 思わず咎めるように眉をひそめた紫苑に対し、指揮官と思しき兵は(さや)におさまった状態の剣を掲げ、先んじて牽制(けんせい)した。
 後宮妃が狙われたとなれば一大事であり、公的な捜査を妨げれば否応(いやおう)なしに罪に問われることとなろう。彼の言い分は脅しなどではなく、筋が通っている。

 忙しなく動き回る兵たちを捉えながら、春蘭は表情を硬くした。……嫌な予感がする。

「あったぞ!」

 果たして兵のひとりが声を上げた。その手に掲げられているのは、見慣れない黒色の小瓶。
 当然ながら、春蘭にもふたりにも身に覚えのない代物であった。
 それが指揮官の手に渡ると、彼は隙のない眼差しで春蘭を見据える。

「これは何です?」

「知らないわ。本当よ」

 訴えかけるように真剣な調子でかぶりを振ると、彼は小瓶に蓋をしていた布を取り、中身のにおいを嗅いだ。
 固唾(かたず)を飲んで見守っていたが、無情にも春蘭の言葉は切り捨てられた。
 部下に目配せをすると、彼らはそれぞれ扉の横へ控える。それを確かめた指揮官は春蘭に向き直った。

「申し訳ありませんが、これよりすべての捜査が終わるまで、貴妃さまがここを出ることはできません」

「ちょっと待って……。どういうこと?」

「こちらの小瓶ですが、中身は毒薬です。才人さまを狙った証拠の可能性が高いので、貴妃さまを桜花殿に禁足(きんそく)させていただきます」

 彼は言葉を選ばず、実直に告げる。
 嫌な予感が的中したことを春蘭は察した。

 すなわち芙蓉は自ら毒を飲み、その小瓶を事前に桜花殿へ忍ばせていたのであろう。
 かくして大事に発展し、錦衣衛が捜査に乗り出したとき、証拠となるそれが春蘭の居所(きょしょ)であるここで発見されるよう手を回していた。
 ほかでもない春蘭を、芙蓉を狙った犯人に仕立て上げるためである。

 揉めごとを経ての煌凌の態度を受け、不安に駆られたのかもしれない。
 それが引き金となり、捨て身で春蘭を潰しにかかった。
 ────()められた。動揺を隠せない春蘭は唇を噛む。

「お嬢さま……」

 案ずるような怯んだような紫苑の声が不安定に揺れる。

 桜花殿の扉は厳重に閉じられ、配された監視役の兵がものものしく取り囲んでいた。
 ここにいる者は一歩も出られず、外への連絡手段もない。当然ながら誰が(おとな)うことも許されない。
 孤立無援。ふと、春蘭の頭にそんな言葉がよぎった。
 このままでは、春蘭が誰に何を訴えかけたところで仕方がない。先ほどの指揮官と同じ判断を下されるのみであろう。
 仕込まれた確かな証拠をもとに、断罪されるまでの秒読みが始まってしまった。