帆珠が御子を身ごもった────ついに大々的に明かされたその事実には、誰しもが驚愕を禁じ得なかった。
しかし、侍医によれば子を宿していることは確実であり、春蘭のように“ふり”でないことは間違いないという。
臣たちから今朝より立て続けに祝言を浴びた煌凌は、しかし困惑を拭えないでいた。
蒼龍殿で几案に向かい、頭を抱えるようにして額に手を添える。
「どうなっておるのだ……」
確かに少し前、記憶のない夜があるにはあった。
しかも目を覚ましたとき、隣にはなぜか帆珠の姿があった。
着衣にも髪にも乱れはなかったが、混乱する煌凌に対し、彼女は恨めしげに言ってのけた。
『あんまりです。昨晩のことを覚えてらっしゃらないなんて……』
何かしたような覚えはない。たとえば酒に酔っていたとしても、まさか帆珠に手を出すはずがない。
なぜ、こんなことになっているのであろう。
このことを彼女はいったいどう受け止めたであろう……。
いても立ってもいられなくなり、煌凌は蒼龍殿を飛び出していった。
◇
「なあ、おまえはさ……平気なのか?」
珍しく力ない声色で控えめに櫂秦が問うてきた。 煌凌や芙蓉のことであろう。
彼にしてはかなり慎重に言葉を選んだような気配がある。
だからこそ、春蘭は適当にはぐらかすことができなかった。刺繍の手を止める。
「うーん……まったく何とも思わないって言えば嘘になっちゃうわね。だけど、何だかいまは色々と決めかねてる。……こんなふうに思い悩まされる相手は、芙蓉じゃないはずだったんだけどね」
眉を下げて笑い、肩をすくめるその姿は深く傷ついたように痛々しく見えた。
軽率に言を紡ぐこともできず、口を噤んだ櫂秦が返す言葉を見つけられないでいるうちに、両開きの扉が勢いよく開かれる。
「大変です、お嬢さま……!」
青い顔で飛び込んできた紫苑は、息を整える間もなく続けた。
「蕭帆珠が懐妊したそうです!」
春蘭は思わず繕いかけの絹布を取り落とし、息をのんで立ち上がる。
その瞬間に目眩を覚え、たたらを踏んだのをそばにいた櫂秦が咄嗟に支えた。
「大丈夫かよ」
「……ごめんね、平気。ありがと」
長椅子へ座らせ直すと、櫂秦は眉をひそめたまま紫苑に向き直る。
「どういうことだよ、あいつが身ごもるって」
「そのままの意味だ。陛下のご恩を受けたのでは……」
「そんなのありえるかよ? あの王サマが酒色に溺れて、いよいよ節操なくなったってのか」
「わたしも信じたくはないが、以前とは明らかに別人だ。芙蓉を娶ったことからしても────」
紫苑が言い終わらぬうちに、再び扉が音を立てて開かれた。
それぞれがはっとそちらを見やる。
驚いたことに、そこにいたのは煌凌であった。



