桜花彩麗伝


 険しい面持ちで入殿してきた容燕は、床に散らばった蓋碗(がいわん)の破片に目を留めた。
 いっそう眉間の皺を濃くし、目配せで人払いを命ずると、静かに椅子へと腰を下ろす。

 激昂(げきこう)していた帆珠であったが、(いかめ)しい父の様子に気圧(けお)され、怯んだように気を取り直した。
 顔色を窺いつつ茶を勧めたが、容燕は淡々と拒む。
 帆珠以上に機嫌を損ねているようである。それどころか腹に据えかねていることを、その横眉怒目(おうびどもく)が物語っていた。

「父上……何かあったのですか?」

 不安気に尋ねられ、容燕は数日前の出来事を回顧(かいこ)する────。

『主上。そなた、ついに乱心(らんしん)したか』

 蒼龍殿へ参殿(さんでん)し、王と謁見(えっけん)した容燕は当然のごとく、芙蓉の冊封(さくほう)を厳しく責め立てた。
 到底、許容するには及ばない。帆珠を差し置き、女官上がりの小娘に惚れ込んで愛慕(あいぼ)するなど、容燕にとってはたまったものではなかった。
 寄る瀬のないたかが下女ごときに、思惑を潰されるわけにはいかない。蕭家の繁栄という大望(たいぼう)のためのみならず、己の面目を守るためにも。

『……言葉に気をつけよ。王の意にまで難癖をつけるつもりか?』

『何ですと? まさか、本気で執心(しゅうしん)なさっておるわけじゃあるまいな』

『余の勝手であろう。いくらそなたとて後宮の内情に口出しする権限はない』

 怯むことなく言を返した彼は、以前にも増して随分と生意気な態度を取っていた。
 太后の一件で、煌凌の母である敬眞王妃の冤罪が発覚し、それを出しに容燕から脅迫される筋合いはないと判明したせいかもしれない。
 彼が強気に出られるようになったこと自体は鳳姫(ほうき)の影響で、彼女がもたらした変化にほかならないであろう。
 しかし、未だ容燕が朝廷を牛耳(ぎゅうじ)り、覇権(はけん)を握っていることに変わりはなく、王にとって大いなる脅威であることにはちがいなかった。

 それでも、彼は最後まで主張を譲らなかった。
 春蘭も帆珠も政略結婚により情のない(ちぎ)りを交わした相手であったとすれば、芙蓉は真の意味で心をかけた相手なのかもしれない。
 なんと青くさいことか。容燕はほとほと呆れ返った。
 政局(せいきょく)(ないがし)ろに私情を優先するとは、王たる自覚の欠片もない。

『……いいでしょう。主上にはもう、何を申しても無駄なようだ』

『…………』

『だが、お忘れなきよう。妃はかの小娘ひとりだけではない。今夜にでも玉漣殿へお行きなされ』

 帆珠が入内(じゅだい)してからこの方、王はその居所(きょしょ)へ一度たりとも足を運んでいない。
 冷宮へ閉じ込められていた期間を除いてもこれほど長く放置されようとは、蕭家の当主としても帆珠の父としても面目が立たない。