突き放すような拒絶の言葉であった。冷たい声の響きが重たく胸に落ちる。
「煌、凌……?」
こぼれ落ちた声はひどく弱々しい。
春蘭は固く閉ざされた扉に手を添える。
ここへは事情を聞くために来た。
紫苑の言っていた通り、果たして“何かの間違い”であったのか、そうでないにしても何らかの説明をしてくれるものであると思っていた。
思い違いであったのかもしれない。否、期待していたのだ。
芙蓉を妃に迎えたのは、何らかの崇高な理由と思惑があってこそのことであると。
煌凌から向けられていた想いは不変のものであると。
「……帰るがよい。そなたと話すことはない」
力が緩み、てのひらが滑る。愕然と俯いた。
ほかでもない煌凌から、かくも冷淡にあしらわれる日が来ようとは夢にも思わなかった。
もはや尋ねるも問いただすも余地がない。取りつく島もない。
悄然と踵を返すと、殿の前でいま最も顔を合わせたくない人物が待ち構えていた。ほかでもない芙蓉である。
藤色の美麗な衣に身を包み、結わえた髪に銀の簪が光っている。
紅の引かれた唇で弧を描き、春蘭に一礼してみせた。
「芙蓉……」
「お帰りですか、貴妃さま」
怯みも悪びれもせず口にした芙蓉に、控えていた櫂秦が気色ばむ。
「おまえ、いい度胸してんな。よくもそんなぬけぬけと……」
「わたしが何かしたわけじゃない。ただ、主上が正当にわたしの器を見出してくれただけ。わたしの人生、下女なんかで終わるなんてごめんだったもの。もう頭を下げて人に仕えるのはまっぴら」
朗々と嫌味たらしく言ってのけた彼女のもとへ、踏み出した紫苑が歩み寄った。
静かに憤りを滾らせているのを悟ったが、芙蓉は負けじと見返しながら腕を組む。
「……何よ、わたしを殴るつもり? ただの腰巾着のくせに偉そうで、あんたのことはずっと気に入らなかったの。侮らないで。わたしはいまや陛下の側室よ」
挑発でもするかのように強気に言うと、紫苑が何ごとかを返す前に春蘭が動いた。
彼らをそっと押しのけ、庇うように立つ。
「…………」
未だ躊躇を捨てきれないでいた自分を、内心で叱責した。
躊躇は期待から来るものであった。芙蓉は芙蓉で、突然の立身に戸惑っているのではないか。本意でないのではないか。
しかし、決してそんなことはなかった。いましがたすべてが打ち砕かれた。
彼女はもう、以前の彼女とは別人である。
ただ、ひた隠しにしていた、あるいは目覚めていなかった本性が顕になったに過ぎない。
芙蓉は自らその座に甘んずることで、春蘭と敵対する道を選んだのだ。
「……言葉を慎みなさい。後宮で最も重んじるべきは“序列”。妃を自負するなら学ぶべきよ」



