◇
「主さまにご挨拶申し上げます」
上質な絹の衣に袖を通した芙蓉は、目の前でずらりと並んでかしずく女官や内官らを見下ろし、満足気に微笑んだ。
いまの身分ではまだ、後宮に用意された住まいは小ぶりで、さらには煌びやかな装飾も禁じられている。
それでも、上に立つ者であることを自他ともに認められたという現状は快いものであった。
『そなたさえよければ、正式に側室として妃に迎えたい』
王にそう言われたときは、とんだ夢心地であった。
かくして実際に側室となったことで、芙蓉の自信と慢心に拍車がかかる。
春蘭など、はじめから気にかけるほどの存在ではなかったのだ。
瞬く間に立場が逆転することであろう。
あれほどの寵愛ぶりが嘘のように、王はいとも簡単に心変わりした。
芙蓉はほくそ笑む。栄華はもはや夢などではなくなった。
この手で掴む、またとない好機だ。
(なってやるわ……。わたしが王妃に)
この国の頂点まで上り詰めてやる。
王の庇護と寵愛を受けた自分に、恐れるものなど何もない。
誰にも見下されない場所へ成り上がるのだ。
◇
「いったいどういうおつもりですか」
陽龍殿へ参るなり、開口一番に朔弦は厳しく王を責めた。
姿勢を崩し、長椅子に腰かけている彼は目を閉じたままですぐには答えない。
朔弦の言葉を興味なさげに聞き流しているようにも見えた。それだけに、何を問われているのかは正しく弁えていると分かる。
「……なにゆえ、そなたが怒る?」
「分かりませんか」
「ああ……そなたが春蘭に入れ込でいるゆえか」
冷ややかに流された視線と煽るような言葉を受け、眉を寄せた朔弦が半歩踏み出しかける。
咄嗟に悠景が押さえとどめ、制するように首を横に振った。
「…………」
真っ当に反論する気も失せ、口を結んだ朔弦は苛立たしげに顔を背ける。
目の前にいる男は、おおよそ自分たちのよく知る彼であるとは思えなくなっていた。
芙蓉の冊封にしても、いまの態度にしても、明らかに以前とはちがう。
“何か”が彼を変えたのだ。悪い方向へと。
「春蘭殿や鳳家に左袒するおまえの怒りは分かるが、恋慕の情ってのは理屈じゃねぇんだ。それで陛下を責めるのは野暮ってもんだろ」
「叔父上」
「俺は喜ばしいことだと思うぜ。陛下が人を好きになったこと」
理解を示しながら豪快に笑う悠景はただ、孤独で不自由であった煌凌の成長を喜んでいるらしい。
もともと何ごとも楽観視する暢気な性分ではあったが、こたびばかりは朔弦も気色ばむ。叔父は何も分かっていない。
しかし、それを聞いた王は口端を持ち上げる。
「……余の忠臣は悠景だけのようだな」
「主さまにご挨拶申し上げます」
上質な絹の衣に袖を通した芙蓉は、目の前でずらりと並んでかしずく女官や内官らを見下ろし、満足気に微笑んだ。
いまの身分ではまだ、後宮に用意された住まいは小ぶりで、さらには煌びやかな装飾も禁じられている。
それでも、上に立つ者であることを自他ともに認められたという現状は快いものであった。
『そなたさえよければ、正式に側室として妃に迎えたい』
王にそう言われたときは、とんだ夢心地であった。
かくして実際に側室となったことで、芙蓉の自信と慢心に拍車がかかる。
春蘭など、はじめから気にかけるほどの存在ではなかったのだ。
瞬く間に立場が逆転することであろう。
あれほどの寵愛ぶりが嘘のように、王はいとも簡単に心変わりした。
芙蓉はほくそ笑む。栄華はもはや夢などではなくなった。
この手で掴む、またとない好機だ。
(なってやるわ……。わたしが王妃に)
この国の頂点まで上り詰めてやる。
王の庇護と寵愛を受けた自分に、恐れるものなど何もない。
誰にも見下されない場所へ成り上がるのだ。
◇
「いったいどういうおつもりですか」
陽龍殿へ参るなり、開口一番に朔弦は厳しく王を責めた。
姿勢を崩し、長椅子に腰かけている彼は目を閉じたままですぐには答えない。
朔弦の言葉を興味なさげに聞き流しているようにも見えた。それだけに、何を問われているのかは正しく弁えていると分かる。
「……なにゆえ、そなたが怒る?」
「分かりませんか」
「ああ……そなたが春蘭に入れ込でいるゆえか」
冷ややかに流された視線と煽るような言葉を受け、眉を寄せた朔弦が半歩踏み出しかける。
咄嗟に悠景が押さえとどめ、制するように首を横に振った。
「…………」
真っ当に反論する気も失せ、口を結んだ朔弦は苛立たしげに顔を背ける。
目の前にいる男は、おおよそ自分たちのよく知る彼であるとは思えなくなっていた。
芙蓉の冊封にしても、いまの態度にしても、明らかに以前とはちがう。
“何か”が彼を変えたのだ。悪い方向へと。
「春蘭殿や鳳家に左袒するおまえの怒りは分かるが、恋慕の情ってのは理屈じゃねぇんだ。それで陛下を責めるのは野暮ってもんだろ」
「叔父上」
「俺は喜ばしいことだと思うぜ。陛下が人を好きになったこと」
理解を示しながら豪快に笑う悠景はただ、孤独で不自由であった煌凌の成長を喜んでいるらしい。
もともと何ごとも楽観視する暢気な性分ではあったが、こたびばかりは朔弦も気色ばむ。叔父は何も分かっていない。
しかし、それを聞いた王は口端を持ち上げる。
「……余の忠臣は悠景だけのようだな」



