桜花彩麗伝

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 それは、まさしく青天(せいてん)霹靂(へきれき)であった。

「“才人(さいじん)”!? ……誰が、ですって?」

「だから、芙蓉だって! あいつが王サマに気に入られたとかで、側室に迎えられるんだよ」

 驚愕を(あらわ)瞠目(どうもく)する春蘭に、冷静でないながら櫂秦は懸命に説明する。
 紫苑にとってもにわかに信じ難い事態であり、動揺を隠せない。

「どうなってるの? そんなこと、どうして急に……」

 春蘭は眉を寄せ、狼狽(ろうばい)した。
 “才人”は正五品(せいごひん)と位としては決して高くないものの、桜花殿の女官が、それも春蘭の古くからの側仕(そばづか)えが新たに側室に冊封(さくほう)されたということは、あまりに衝撃的な事実であった。
 それも、煌凌が自ら後宮へ召し上げたとは────。
 少なからず、それどころか大いに感情を揺さぶられた。自分でも(なだ)められず、手に負えないほど。

「それで、芙蓉はどこへ?」

「もう桜花殿を出てるよ。女官の任は解かれたから、いま頃着飾って入内(じゅだい)の準備でもしてんじゃねぇか?」

「そんなの……あまりに礼儀知らずだろう」

「知らねぇよ、俺に言われたって。実際そうなんだけどさ」

 目の前で繰り広げられる、切迫したようなふたりのやり取りすら、呆然としてしまう中では右から左へと流れていった。

 紫苑の憤りは、芙蓉が無断で挨拶もなしに春蘭のもとを去ったことに留まらない。
 当初、小間使(こまづか)いとして拾われたことで命を救ってもらっておいて、鳳邸にいた頃からいまに至るまであたたかい恩恵を受けておいて、この裏切り方はないだろう。
 よりにもよって、煌凌を奪うような形で。春蘭の立場を(おびや)かし、居場所を揺るがすような形で。

「けど、あいつがまさかそんな野心的だったなんてな」

「……まだ、芙蓉の意思だって決まったわけじゃ……」

「じゃあ、マジで王サマがあいつに惚れたってのかよ? どっちにしろ、不本意ならおまえに何か言うはずだろ」

 真っ当な反論を受け、春蘭は言葉を失う。
 煌凌のことも芙蓉のことも信じたいのに、どちらも貫くことができない。

 なぜ、急にこんなことになったのだろう。
 そう思索(しさく)(ふけ)ると合点がいった。芙蓉が夜ごと桜花殿を抜け出し、何をしていたのか。
 時を同じくして煌凌の足が遠のいた────つまり、それが答えであろう。

「お嬢さま、どうかお気を落とされないように……。きっと何かの間違いです」

 励ますような紫苑の言葉に顔をもたげる。
 そうかもしれない。……そう思いたい。

 ────しかし、そんな淡い希望を打ち砕くように、ほどなくして王から正式に任命書が下された。
 そこには芙蓉を女官の地位から引き上げ、正五品・才人に任ずるという旨が記されており、彼女は側室として後宮へ住まうこととなった。