◇
それは、まさしく青天の霹靂であった。
「“才人”!? ……誰が、ですって?」
「だから、芙蓉だって! あいつが王サマに気に入られたとかで、側室に迎えられるんだよ」
驚愕を顕に瞠目する春蘭に、冷静でないながら櫂秦は懸命に説明する。
紫苑にとってもにわかに信じ難い事態であり、動揺を隠せない。
「どうなってるの? そんなこと、どうして急に……」
春蘭は眉を寄せ、狼狽した。
“才人”は正五品と位としては決して高くないものの、桜花殿の女官が、それも春蘭の古くからの側仕えが新たに側室に冊封されたということは、あまりに衝撃的な事実であった。
それも、煌凌が自ら後宮へ召し上げたとは────。
少なからず、それどころか大いに感情を揺さぶられた。自分でも宥められず、手に負えないほど。
「それで、芙蓉はどこへ?」
「もう桜花殿を出てるよ。女官の任は解かれたから、いま頃着飾って入内の準備でもしてんじゃねぇか?」
「そんなの……あまりに礼儀知らずだろう」
「知らねぇよ、俺に言われたって。実際そうなんだけどさ」
目の前で繰り広げられる、切迫したようなふたりのやり取りすら、呆然としてしまう中では右から左へと流れていった。
紫苑の憤りは、芙蓉が無断で挨拶もなしに春蘭のもとを去ったことに留まらない。
当初、小間使いとして拾われたことで命を救ってもらっておいて、鳳邸にいた頃からいまに至るまであたたかい恩恵を受けておいて、この裏切り方はないだろう。
よりにもよって、煌凌を奪うような形で。春蘭の立場を脅かし、居場所を揺るがすような形で。
「けど、あいつがまさかそんな野心的だったなんてな」
「……まだ、芙蓉の意思だって決まったわけじゃ……」
「じゃあ、マジで王サマがあいつに惚れたってのかよ? どっちにしろ、不本意ならおまえに何か言うはずだろ」
真っ当な反論を受け、春蘭は言葉を失う。
煌凌のことも芙蓉のことも信じたいのに、どちらも貫くことができない。
なぜ、急にこんなことになったのだろう。
そう思索に耽ると合点がいった。芙蓉が夜ごと桜花殿を抜け出し、何をしていたのか。
時を同じくして煌凌の足が遠のいた────つまり、それが答えであろう。
「お嬢さま、どうかお気を落とされないように……。きっと何かの間違いです」
励ますような紫苑の言葉に顔をもたげる。
そうかもしれない。……そう思いたい。
────しかし、そんな淡い希望を打ち砕くように、ほどなくして王から正式に任命書が下された。
そこには芙蓉を女官の地位から引き上げ、正五品・才人に任ずるという旨が記されており、彼女は側室として後宮へ住まうこととなった。
それは、まさしく青天の霹靂であった。
「“才人”!? ……誰が、ですって?」
「だから、芙蓉だって! あいつが王サマに気に入られたとかで、側室に迎えられるんだよ」
驚愕を顕に瞠目する春蘭に、冷静でないながら櫂秦は懸命に説明する。
紫苑にとってもにわかに信じ難い事態であり、動揺を隠せない。
「どうなってるの? そんなこと、どうして急に……」
春蘭は眉を寄せ、狼狽した。
“才人”は正五品と位としては決して高くないものの、桜花殿の女官が、それも春蘭の古くからの側仕えが新たに側室に冊封されたということは、あまりに衝撃的な事実であった。
それも、煌凌が自ら後宮へ召し上げたとは────。
少なからず、それどころか大いに感情を揺さぶられた。自分でも宥められず、手に負えないほど。
「それで、芙蓉はどこへ?」
「もう桜花殿を出てるよ。女官の任は解かれたから、いま頃着飾って入内の準備でもしてんじゃねぇか?」
「そんなの……あまりに礼儀知らずだろう」
「知らねぇよ、俺に言われたって。実際そうなんだけどさ」
目の前で繰り広げられる、切迫したようなふたりのやり取りすら、呆然としてしまう中では右から左へと流れていった。
紫苑の憤りは、芙蓉が無断で挨拶もなしに春蘭のもとを去ったことに留まらない。
当初、小間使いとして拾われたことで命を救ってもらっておいて、鳳邸にいた頃からいまに至るまであたたかい恩恵を受けておいて、この裏切り方はないだろう。
よりにもよって、煌凌を奪うような形で。春蘭の立場を脅かし、居場所を揺るがすような形で。
「けど、あいつがまさかそんな野心的だったなんてな」
「……まだ、芙蓉の意思だって決まったわけじゃ……」
「じゃあ、マジで王サマがあいつに惚れたってのかよ? どっちにしろ、不本意ならおまえに何か言うはずだろ」
真っ当な反論を受け、春蘭は言葉を失う。
煌凌のことも芙蓉のことも信じたいのに、どちらも貫くことができない。
なぜ、急にこんなことになったのだろう。
そう思索に耽ると合点がいった。芙蓉が夜ごと桜花殿を抜け出し、何をしていたのか。
時を同じくして煌凌の足が遠のいた────つまり、それが答えであろう。
「お嬢さま、どうかお気を落とされないように……。きっと何かの間違いです」
励ますような紫苑の言葉に顔をもたげる。
そうかもしれない。……そう思いたい。
────しかし、そんな淡い希望を打ち砕くように、ほどなくして王から正式に任命書が下された。
そこには芙蓉を女官の地位から引き上げ、正五品・才人に任ずるという旨が記されており、彼女は側室として後宮へ住まうこととなった。



