まるきり正反対の嘘をついたが、王の顔色が変わったのが暗がりでも分かった。
「それで落ち込んでいたわたくしめを、淑妃さまが優しく気にかけてくださいました。ですから、淑妃さまが後宮へ戻られたことが、わたくしめも嬉しいのです」
わずかに静寂が落ちると、ややあって目を伏せた王が顎に手を当てる。
「……なるほど。そなたは春蘭を嫌っておるのだな」
「いえ、決してそういうわけでは……! わたくしめの仕える主さまですし、ただ心から尽くすのみです」
慌てたように言い、一見して懸命で健気な女官を装いながら、同情を誘うべく肩をすくめてみせた。
「……そうか」
芙蓉を一瞥した王は、ふいと目を逸らす。
そのまま踵を返し、夜の雅致な禁苑を歩いていく。
つい唖然とした芙蓉はその場から動けなかった。
思惑に反し、一笑に付して取り合わない気かと思った。
そうだとすれば、春蘭を貶めた上で帆珠の擁護をしたのは、明らかな失策である。
焦って唇を噛んだとき、不意に王が足を止めた。
「そなた、名は?」
はっと顔をもたげると、ちょうど彼がこちらを振り向いた。
息をのむほど端麗なその顔には、どこか謹厳な表情がたたえられている。
速い鼓動と頬に帯びる熱を自覚しながら、畏まるように頭を垂れた。
「ふ、芙蓉と申します……」
「芙蓉、か。覚えておこう。────また、ここで」
何を言われたのか、即座には理解が及ばなかった。
去っていく彼の背を信じられない思いで見つめる。驚愕が和らぐと高揚感が込み上げた。
芙蓉自身の手応えとは裏腹に、意外にも王の目に留まったようだ。
(やった……。やった……!)
“その他大勢”を脱する一歩を踏み出した。特別であるという自覚が芙蓉を大いに甘心させる。
気持ちを昂らせ、満悦したように笑みを浮かべた。
また、と示された通り、芙蓉は王と蓮池で逢瀬を重ねていた。
主に芙蓉のする取り留めのない話を彼が聞くだけといった次第であったが、王はいつも必ず“次”の約束を取りつける。
お陰で毎夜のように続いていた桜花殿への通いはだんだんと頻度が落ち、いまでは芙蓉と会している時間の方が長いほどだ。
今夜もまた密かに桜花殿を抜け出し、蓮池へ向かおうとしたところ、意外なことに春蘭に見つかった。
「芙蓉、どこ行くの?」
「……大した用では。すぐに戻ります」
曖昧な笑みで誤魔化し、殿をあとにする。
かくして夜な夜な姿を消す芙蓉の行動に、春蘭は不思議そうに首を傾げるのであった。



