桜花彩麗伝


「もう二度と……余を不安にさせるな」

「たいそうなこと言ってくれるわね。……でも、分かったわ。そんな顔して欲しくないもの」

 春蘭はくすりと小さく笑った。ようやく強張りから解放されたらしい煌凌は、そっと腕をほどく。
 そんな顔、もとい憂慮(ゆうりょ)に満ちた面持ちを解き、やわく笑ってみせた。

「────しかし、やはり仕組まれたようですね」

 春蘭の脈を確かめた朔弦が硬い声色で言う。
 彼女の容態は既に問題ないが、そうなると懸念すべき点はひとつである。

「こたびは蕭帆珠が春蘭を救ったことになる。形だけでも名分ができてしまったので、侍中はここぞとばかりに復位(ふくい)を求めてくるでしょう」

「……じゃあ、ぜんぶ蕭容燕が(はか)ったってことか?」

「そうとは限らないが、蕭家の関与は決定的だ。春蘭の不調は、恐らく何かを盛られたことが原因だろう。それ自体は桜花殿の女官、内官、尚食局の者ら、みなが犯人候補になる」

 それまでいかな薬材も効果を発揮しなかったのに、帆珠が仕入れたというそれを口にした途端に回復した。
 あれは“解毒薬”であったと考えるのが妥当である。
 事前の食事や飲みものに何らかの毒が混ぜられており、そのせいで春蘭は体調不良に陥った。
 それに細工ができるという意味では、膳を作った尚食局の者も、給仕した桜花殿の者も等しく怪しい。
 その犯人が容燕や帆珠の手先である可能性は十二分にある。

「盛られたのが毒だとすれば、解毒薬と引き換えに取り引きを持ちかけるのが至当(しとう)というもの。今回はその功績と引き換えになるでしょうが」

「……それが復位ということなのですね。蕭帆珠を後宮に戻せ、と」

「そうだ。春蘭を利用するとは、見事に弱点を突かれたな」

 眉を下げた春蘭が俯いた一方で、煌凌は一連の流れを耳にしても顔色を変えなかった。
 帆珠の仕入れた薬材を使うよう勅命(ちょくめい)を下されたことを思い、櫂秦はつい彼を見やる。
 責める気はないが、結果としてそのせいで口実が生まれてしまったことになる。

 朔弦もまた煌凌を窺った。気後(きおく)れや後悔を感じさせる素振りは一切ない。

「……もしや、ここまで読んでおられたのでは?」

 反射的に朔弦は尋ねていた。
 意外と評さざるを得ないが、もはやそうとしか思えない。