薬湯を口にすると、春蘭の高熱はみるみる下がっていき、瞬く間に快方へと向かった。
その日の夕刻頃には意識を取り戻し、紫苑手製の粥を完食するほどには回復したのであった。
「美味しかったわ、ありがと。……でも、ごめんね。また心配かけちゃったわね」
寝台に腰かけつつ、苦く笑いながら肩をすくめた。
そんな春蘭のもとへ、煌凌は思わず駆け寄る。飛びつくような勢いで引き寄せると抱きすくめた。
「わ、びっくりした」
「よかった……。本当によかった……」
あのまま遠いところへ行ってしまうのではないかと、この数日間は気が気でなかった。
────また、置いていかれる。ひとりぼっちになる。
春蘭までもが手の届かないところへ行ってしまったら、このてのひらから“大切”がこぼれ落ち、何ひとつとして守れないのだという己の無力さと運命を呪うことしかできなかった。
自分の知らないところで、知らないうちに死へ誘われるなど許さない。
「……悪かったわ。あなたも色々と手を尽くしてくれたって聞いた。ありがとう」
普段よりひと回りほど小さく感じられる背中を撫で、春蘭は柔らかく微笑んだ。
紫苑と櫂秦は安堵の末に張っていた気を緩める。ふたりを眺め、王と同じ心持ちで思わず息をついた。
『何だと……? 手の施しようがない? そなたら、それでも宮中の医官か!?』
当初、侍医も医官もお手上げで途方に暮れていた頃、彼がかくして怒鳴ったところを目の当たりにした。
『そのように弱気で無能な医官などいらぬ。治せぬなら、そなたらはみな罷免だ!』
『そんな、陛下……!』
『何としてでも治せ。必要なものは何でも揃えてやる。金も惜しまず出してやる。それゆえ……頼む。どうか、春蘭を救ってくれ……!』
彼は泣いていた。淡々と流されるような常の様子からは想像もつかないほど、劇的に感情を顕にしていた。
だからこそ、医官らは気圧された。首の懸かっていない紫苑と櫂秦でさえ。
彼がこれほどまでに春蘭を想っているとは知らなかった。
彼自身も知らなかった。
誰かのために涙を流したのは初めてで、戸惑ったようにその熱い雫を拭う。
否、突き詰めればこれも自分のために泣いたに過ぎないのかもしれない。春蘭がいなくなってしまうのではないか、という不安に耐えかねて。
どちらでもよかった。彼女が無事に助かりさえすれば────。



