桜花彩麗伝


 このままじわじわと身体を(むしば)み、苦しめ続ければ、弾みのついた貴妃の勢いを()げるかもしれない。
 しかし、それは短絡的な嫌がらせに過ぎず、芙蓉の思惑を叶えるには至らないであろう。

「なにゆえだ……。あれほど(すこ)やかだったのに、なにゆえ突然このようなことに────」

 春蘭の横たわる寝台(しんだい)の傍らで、王は嘆くように頭を抱える。
 紫苑と櫂秦も不安気な面持ちで顔を見合わせた。

「……おかしいよな。不自然でしかねぇよ、こんなの」

「現状、どの薬材も効かないというのも妙ではありませんか。ただの病ではないのかも……」

「確かにそれは朔弦も訝しんでいた。貴妃の影響力を警戒した何者かが(いまし)めたか、妬んで何かを盛ったのではないかと」

 三人のやり取りを盗み聞いた芙蓉は、謹厳(きんげん)な面持ちで口を結んだ。
 いまはまだ当たらずも遠からずといった憶測だが、確実に真相へと近づいてきている。このあたりが頃合いであろう。
 (たもと)から別の薬包(やくほう)を取り出すと、しずしずと彼らの元へ歩み寄った。

「あの、恐れながら……」

 振り向いた彼らに薬包を掲げ、遠慮がちに切り出す。

「蕭家の使いの方からこの薬材をお預かりしました。蕭淑妃さまも貴妃さまの容態を案じていらっしゃる、と────」

「……帆珠?」

 櫂秦が露骨(ろこつ)に眉をひそめた一方で、煌凌は立ち上がった。
 芙蓉の掲げる薬包を手に取り、神妙に眺める。

「……あの者がこれを寄越したということか?」

「わたくしは使いの方から渡されただけですので、詳しいことは何も……」

 恐々(きょうきょう)(おもて)を伏せつつ、嘘をついた。帆珠の差し向けた代物であることをにおわせる必要があるが、芙蓉自身の関与を明言すべきではない。
 しばらく悩ましげに秀眉(しゅうび)を寄せ、黙していた王は、ややあって紫苑らに向き直った。

「……(せん)じて春蘭に飲ませるのだ」

 その言葉に紫苑と櫂秦は驚愕する。納得できないといった様子で口々に抗議した。

「本気で言ってんのか? ()()蕭帆珠が仕入れた薬だぞ」

「ええ……僭越(せんえつ)ながら、信用できません。そのようなもの、お嬢さまに飲ませるわけには────」

「よいから、頼む。これは王命(おうめい)だ」

 いかな言葉もものともしない煌凌は、毅然として薬包を突きつけた。
 櫂秦はそれでも不服そうに、紫苑はやや気圧(けお)されたようにして口を噤む。勅命(ちょくめい)とあらば否が応でも服従せざるを得ない。
 観念した紫苑は薬包を受け取り、自ら煎じるべく湯を沸かしに向かった。