桜花彩麗伝


 不意にほのめかされたのは、父の死にまで裏がある可能性であった。
 煌凌は思わず耳を傾け、煌翔もはっと瞠目(どうもく)する。

「いまさら何です。余罪(よざい)の自白でもなさる気か」

 念を入れ機先(きせん)を制した容燕であったが、結果としてその必要はなかったかもしれない。
 太后が事実を口にしたところで、王が知ったところで、証す証拠などない。この状況は覆らない。

 顔を上げた太后は内官らの腕を振りほどいた。毅然と容燕を見据え、指先を突きつけながら言い放つ。

「そなたもいつか報いを受けることになろう。その日も決して遠くない」

 容燕はせせら笑い、余裕の眼差しを突き返した。
 所詮は負け犬の遠吠えだ。せいぜいあがくがよい。

 ふと、太后が腕を下ろす。
 自嘲するように息をつき、力なく笑った。

「そなたのことなど……信じた妾が愚かであった」



     ◇



 春蘭が太后の賜死(しし)を聞き及んだのは、それから一日後のことであった。

 栄華(えいが)の象徴とも言えた、煌びやかな衣や飾りをすべて剥がされた中着(なかぎ)姿で最期を迎えたという。
 その瞬間には王や、王直々(じきじき)の頼みで親王(しんのう)としてしばし宮廷に身を置いている煌翔も立ち会ったそうだ。

 淑徳殿で毒薬を飲み干し、事切れた彼女の遺体は宮外へと運び出され、ほかの罪人たちとともに(ほうむ)られることとなった。宮殿や富貴(ふうき)への執念を断ち切るべく。
 地位を剥奪(はくだつ)された上で罪人として処刑されたため、当然ながら国葬(こくそう)などは行われない。

「…………」

 事の次第を聞いた春蘭は晴れない面持ちで口を噤んでいた。
 太后の仕出かした悪行は数知れず、そのどれもが利己的で身勝手極まりないものであった。
 この結末は自身が招いた相応の罰に過ぎず、同情の余地などない。
 太后を排除することができたのは、蕭家を追い込むための第一歩となろう。
 そうと分かっていても、人の死そのものが喜ばしいはずがなかった。

「……どうか気に病まれず。因果応報であって、お嬢さまのせいではありませんから」

 紫苑の優しい声色に春蘭は俯いた。

「そうかもしれないけど、何だかやりきれない感じがして。太后さまも蕭容燕に利用された被害者だって考えたら……」

「被害者じゃねぇよ。自分から持ちかけたんだろ。互いに互いを手駒(てごま)だと思い込んでた。先に裏切った(もん)勝ちだ。太后は負けたんだよ」

 彼らの結託は言わば“賭け”であったのかもしれない。勝てば天下が手に入り、負ければ命を落とす。
 双方がはじめから獅子身中(しししんちゅう)の虫で、共存共栄(きょうぞんきょうえい)などありえなかった。
 いずれにしても、太后の末路は身から出た錆にほかならない。