桜花彩麗伝


 開かれた大扉から入殿してきたのは容燕であった。
 非難するかのように言いながら歩み寄ると、太后を見下ろした。

「いい加減、己の罪を認めてはどうです」

「そなた……」

「証拠も証人も十分。もう言い逃れることなどできませんぞ」

 裏切られた、と理解するには余りある態度に、太后は気抜けしたように呆然としてしまう。
 もはや腹を立てる気力も湧かず、ただ乾いた笑いがこぼれた。
 殿内で不気味にこだまする。

 ────自分の犯した最大の罪は、この毒蛇(どくじゃ)に魂を売ったことであった。
 なぜ、気づかなかったのだろう。
 所詮は後宮で帆珠が覇権(はけん)を握るまでの“繋ぎ”でしかなく、太后自身には何の価値も見出していないということに。
 必要であったのはその立場のみで、容燕はただそれを利用するだけ利用した。
 だからこそ用済みどころか邪魔となった太后を、かくも易々(やすやす)と切り捨てたのである。

 (いな)、正確には気づかなかったわけではなかった。
 頭の片隅で危機感を覚えていながら、見て見ぬふりをしていたのである。
 それは、自分を過信したせいであった。いずれは容燕を制することができるなどという、(はなは)だしい勘違いのもと。

 ひとしきり笑った太后は、ついに諦めの境地へ達したのか、がっくりと項垂(うなだ)れる。
 萎れて枯れた花のようで、元の美しさは見る影もなかった。

「……王太后・張玲茗。そなたはその座に就いていながら、王室の安泰(あんたい)と国の綱紀(こうき)を乱し、許されざる罪を犯した。その立場を(かんが)みても酌量(しゃくりょう)の余地はない」

 王の厳たる声が響き、凜然と空気が締まる。
 落ちぶれた仇敵(きゅうてき)を眺めた煌翔は静かに目を伏せた。

「よって……地位を剥奪(はくだつ)した上で、そなたに毒薬を下す」

 言い渡された重罰は、しかし妥当かつ正当であった。
 もっとも、太后の所業はその命をもってしても(あがな)いきれないほどの大罪であろう。

「…………」

 太后は何も言わなかった。微動だにもしない。
 先ほどまでのような悪あがきも抵抗も見せず、内官らに腕を引かれるがままに立ち上がる。

 すべてを諦め、(いさぎよ)く観念したかのように思われた。
 実際、半ば自棄になって何もかもがどうでもよいと投げ出しかけていたが、ふと消えかけた怒りの炎に再び熱が宿った。
 太后はその場に踏みとどまる。

「……先王の死が、誠にただの病死だと思うか」