◇
宮門から清羽に連れられてきた洪内官は、王との謁見を前に蒼龍殿の一室へ通された。
「陛下を呼んで参りますゆえ、いましばらくお待ちください」
一礼を残した清羽が場をあとにすると、彼は本殿の手前にあるそこでひとりとなった。
宮殿の雰囲気を味わうのは随分と久方ぶりで、どことなく懐かしいような寂しいような心持ちになる。
椅子に腰を下ろしていた洪内官はふと立ち上がり、しつらえられた品のよい調度を何気なく眺めた。
────そのとき、音も立てずに扉が開く。
太后付きの女官とふたりの内官が忍び込んだが、背を向けている洪内官が気づくには至らなかった。
「……っ!」
不意に両腕を取り押さえられた洪内官の首に、輪の形に括られた白布がかかった。
混乱しているうちに輪の直径が縮まり、ぴったりと首に即するほど締められる。
抗おうにもふたりの内官からの拘束を抜け出せないでいると、女官が素早く椅子に上った。梁に白布をかける。
それを合図に洪内官を解放した内官らは、垂れた布の端を掴んで引いた。
否応なしに洪内官の身体が浮かび上がり、梁を支点に首を吊られている状態になる。
「ぐ……っ」
首にかかる布を握り締めたままもがくが、息ができず力が入らなかった。
赤く染まった洪内官の顔に血管が浮かび上がる。苦しみ喘ぐ中、次第に影を濃くした双眸が虚ろな色へと変わった。
その瞬間、勢いよく扉が開け放たれる。
目にも止まらぬ速さで刃が振るわれ、洪内官を吊るす白布が一撃で断ち切られた。
どさりと床に落ちた彼は激しくむせて空気を貪る。
突然の出来事と入ってきた人物の姿を目の当たりにし、女官らは驚愕で瞠目した。
「あなたは……!」
「────何度繰り返せば気が済むのやら。やはり、どこまでも利己的なようだな」
彼のまとう上質な紺碧の衣は控えめな色合いながら、金糸の刺繍などが施され、王族の衣装たるにふさわしい上品な絢爛さを醸している。
くるりとしなやかに回した剣を鞘におさめ佩すると、部屋の外に控えていた衛士たちに目配せした。
飛び込んできた彼らは、太后付きの女官らを捕縛していく。
太后の身勝手さと執念深さを身に染みて理解していた煌翔は、最悪を予期して密かに入宮していたのであった。果たして予測通りであるが、間に合ってよかった。
三人が連行されていく様を見届け、小さく息をつくと洪内官のもとへ屈む。
「遅くなってすまなかった。大事ないか?」
「た、太子さまぁ……!」
思わず涙ぐむと、無礼を承知しつつしがみつく勢いで抱きついた。
あと一歩で手遅れとなるところであった。危うく太后の毒牙にかかり、まんまと殺されるところであった。
しかし、この涙には恐怖と安堵が入り交じっただけでなく、確かな喜びの念も込もっていた。
こうして王族の衣装をまとう彼と相対すると、自然と宮廷にいた頃のことが蘇る。
彼を主として仕えていた当時より随分と立派になり、高雅で堂々たる振る舞いには貫禄が伴っていた。自ずと敬服せずにはいられない。
宮門から清羽に連れられてきた洪内官は、王との謁見を前に蒼龍殿の一室へ通された。
「陛下を呼んで参りますゆえ、いましばらくお待ちください」
一礼を残した清羽が場をあとにすると、彼は本殿の手前にあるそこでひとりとなった。
宮殿の雰囲気を味わうのは随分と久方ぶりで、どことなく懐かしいような寂しいような心持ちになる。
椅子に腰を下ろしていた洪内官はふと立ち上がり、しつらえられた品のよい調度を何気なく眺めた。
────そのとき、音も立てずに扉が開く。
太后付きの女官とふたりの内官が忍び込んだが、背を向けている洪内官が気づくには至らなかった。
「……っ!」
不意に両腕を取り押さえられた洪内官の首に、輪の形に括られた白布がかかった。
混乱しているうちに輪の直径が縮まり、ぴったりと首に即するほど締められる。
抗おうにもふたりの内官からの拘束を抜け出せないでいると、女官が素早く椅子に上った。梁に白布をかける。
それを合図に洪内官を解放した内官らは、垂れた布の端を掴んで引いた。
否応なしに洪内官の身体が浮かび上がり、梁を支点に首を吊られている状態になる。
「ぐ……っ」
首にかかる布を握り締めたままもがくが、息ができず力が入らなかった。
赤く染まった洪内官の顔に血管が浮かび上がる。苦しみ喘ぐ中、次第に影を濃くした双眸が虚ろな色へと変わった。
その瞬間、勢いよく扉が開け放たれる。
目にも止まらぬ速さで刃が振るわれ、洪内官を吊るす白布が一撃で断ち切られた。
どさりと床に落ちた彼は激しくむせて空気を貪る。
突然の出来事と入ってきた人物の姿を目の当たりにし、女官らは驚愕で瞠目した。
「あなたは……!」
「────何度繰り返せば気が済むのやら。やはり、どこまでも利己的なようだな」
彼のまとう上質な紺碧の衣は控えめな色合いながら、金糸の刺繍などが施され、王族の衣装たるにふさわしい上品な絢爛さを醸している。
くるりとしなやかに回した剣を鞘におさめ佩すると、部屋の外に控えていた衛士たちに目配せした。
飛び込んできた彼らは、太后付きの女官らを捕縛していく。
太后の身勝手さと執念深さを身に染みて理解していた煌翔は、最悪を予期して密かに入宮していたのであった。果たして予測通りであるが、間に合ってよかった。
三人が連行されていく様を見届け、小さく息をつくと洪内官のもとへ屈む。
「遅くなってすまなかった。大事ないか?」
「た、太子さまぁ……!」
思わず涙ぐむと、無礼を承知しつつしがみつく勢いで抱きついた。
あと一歩で手遅れとなるところであった。危うく太后の毒牙にかかり、まんまと殺されるところであった。
しかし、この涙には恐怖と安堵が入り交じっただけでなく、確かな喜びの念も込もっていた。
こうして王族の衣装をまとう彼と相対すると、自然と宮廷にいた頃のことが蘇る。
彼を主として仕えていた当時より随分と立派になり、高雅で堂々たる振る舞いには貫禄が伴っていた。自ずと敬服せずにはいられない。



