奉公人たちは、彼女らの憂さ晴らしの道具であった。苛立ちや不満のはけ口でしかなかった。
食事がまずい、髪を梳かす折に櫛が引っかかった、態度が気に入らない……些細な理由で叱られては折檻された。
一日中休まず働いても、彼女たちの気分次第では食事にありつけないこともあった。
ここに頼れる者はひとりもいない。
同様の扱いを受けているほかの奉公人たちも常に気が立っており、橙華は彼ら彼女らに八つ当たりされることもままあった。
それでも、身寄りも家もなくただ死を待つのみであったことを思えば、拾い上げてくれた文禪は“命の恩人”と評するに値した。
だからこそいかに理不尽な仕打ちを受けようと、過酷な現実に身を置くことに甘んじた。
やがて今日まで成長した橙華が、春蘭の入内に合わせ女官となったのも、これまでの働きを買われたゆえであった。
宮廷で暮らすようになってからは、比べものにならないほどの厚遇を受けられるようになった。もう絶えない生傷が染みて痛むこともない。
しかし、文禪の命は際限を知らなかった。
ただ春蘭を監視し、その一挙一動を詳細に報告するだけでよかったはずが、いつの間にか「殺せ」などという過激な命令へと変わってしまった。
間者であり続けることにさえ良心を痛めていた橙華を顧みることなく、一線を越えさせようとした。
文禪にとっては所詮“駒”のひとつに過ぎないのだと、こたびの一件で思い知らされた。
春蘭の暗殺が成功しようと仕損じようと、露見した瞬間に切り捨てられるのであろう。
なぜなら、彼もまた篩にしがみつく残飯に過ぎないのだから。
容燕という、ひいては権力という名の篩に。
「ごめんなさい。申し訳ございません、婕妤さま……」
咽び泣く橙華が再びひれ伏したところ、その袖口から光る何かが転がり落ちた。
玉や金の装飾が燦然と輝く指輪である。
「……いいの。あなたは何も悪くない」
苦しげに心から告げた春蘭は、その指輪をそっと拾い上げた。
「これ、白文禪が?」
こくりと小さく橙華が首肯すると、櫂秦はため息をつく。
「んなもんで……報酬兼口止め料ってことかよ。しょうもねぇ野郎だな、白文禪」
「まったくだ。おまえは被害者だったわけだな」
頷いた紫苑が橙華に向き直った。切実な表情をたたえながらも毅然として続ける。
「その境遇は同情に値するが、剣を向けたことを謝る気はない」
「……はい。わたしが招いたことですから」
事情がどうあれ春蘭を手にかけようとしたことは紛れもない事実であり、罰を受ける覚悟はとうに決まっている。
当初の言葉通り、錦衣衛に突き出されることになるのであろう。
あるいは相手が王の側室ということもあり、羽林軍までもが動く一大事に発展するかもしれない。
そう思い、ぎゅっと目を閉じたが、思わぬ温もりが触れた。
はっとすると、春蘭に優しく手を握られていた。
「婕妤、さま……?」
「大丈夫。誰が何と言おうと、あなたを悪者になんかしないわ」



