桜花彩麗伝

     ◇



「なに……?」

 宮廷の牆壁(しょうへき)の上に(ひざまず)く部下から受けた報告に“(かしら)”は顔をしかめた。
 露骨(ろこつ)に不機嫌さを滲ませ、部下を()めつける。

「薬材保管庫の存在に気づかれただと?」

「は、はい」

 部下は怯みながらも首を縦に振った。
 彼は何より頭の怒りを買うことを恐れていた。もう手遅れだろうと内心察しながらも続ける。

「ある男が忍び込んでたんです。腹を深く刺して遺体を山中に捨てたんですが……再び見に行ったら消えていて」

 そう言うと、頭が苛立たしそうに眉をひそめた。

「もしかしたら、まだ生きているかも────」

「いつの話だ?」

「それ、は……」

 部下は視線を彷徨わせ、言い淀む。
 ふた月以上も前である。などとは、口が裂けても言えない。言いたくない。
 頭の機嫌次第では殺されるかもしれない。

 しかし、頭はそんな返答を既に察しているようであった。
 ちっ、と低く舌打ちする。

「ふざけやがって……。使えねぇ野郎だな」

「も、申し訳ありません!」

 青ざめた部下はおののきながら頭を下げる。
 どう考えても自分たちに非があるため、なかなか言い出すことができないでいた。
 しかし、柊州の状況が“色々”と変化したいま、その件についてこれ以上黙ってもいられなくなり、観念するほかなかった。

「男を捜索中ですが、まるで手がかりがなく……。生き延びて逃亡したんだとしたら、恐らくとっくに都を出ているかと」

「当然そうだろうな。百馨湯も盗まれたのか?」

「はい、ごくわずかな量ですが」

「じゃああのチビ州牧とは無関係か」

 頭は(わずら)わしげに目を細めた。

 実権を取り上げたのに、何ごとも決して諦めようとしない榮瑶。
 彼はどこから仕入れたのか、密かに百馨湯を配給して回っていたのである。
 その入手元はもしかするとその得体の知れない侵入者なのではないかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

(雪花商団の頭領も相変わらず行方知れずで捕まらねぇまま……)

 頭は一度、ため息をつく。

「……厄介ごとが増えるな。謝朔弦はどう動くか」

 新たに州牧に任ぜられた彼が切れ者であることは知っている。
 榮瑶のような青くさい使命感を持ち合わせてはいないであろうが、その動きは予想ができなかった。

 現状、どこまで情報を掴んでいるのかも分からない。
 頭が鋭い視線を部下に向ける。

「油断するなよ。柊州への侵入者には、いま以上に警戒しろ」