桜花彩麗伝


 思わず瞠目(どうもく)した。まったくの予想外である。

 武官を文官にするということ自体、少なくとも吏部尚書にとっては未聞(みもん)である上、まさか州牧に任命するとは────。

 朔弦は武科挙のみならず、文科挙も首席及第(きゅうだい)しているために、その点が問題となることはないであろう。
 ただ、州牧は正四品(せいよんぴん)であり、官位は決して低いとは言えない。
 また、州の監察(かんさつ)が主な役割であり、行政や軍にも介入できる権限を持つ。
 その本分を(まっと)うされれば、こちらが不都合なのではないだろうか。

「よいのですか? 柊州といえば、蕭家の領分(りょうぶん)でしょう。紅蓮教との癒着(ゆちゃく)摘発(てきはつ)されるのでは……?」

 その言葉を受け、容燕は喉を鳴らすようにして笑った。
 憂慮(ゆうりょ)など微塵(みじん)もないような、自信と余裕に満ちた態度である。

()()()だろう。もはや州府は機能停止。州牧の権限も取り上げている。誰が州牧になっても、両手足を拘束されているに等しい。それゆえ、あやつを(みやこ)落ちさせるんだ」

 (わずら)わしい正義感など持ち合わせてはいないだろうが、目の前の何ごとも、ただ黙って傍観するしかないという無力感に打ちひしがれるとよい。容燕はほくそ笑む。

 中央にさえいなければ、それこそ脅威ではなくなる。
 煌凌や春蘭と切り離せば、いずれの勢力も()ぐことができる。
 柊州に拘束しておくだけで、殺したも同然と言えた。
 罷免(ひめん)という形で中央を去った手前、誰に助けを求めることもできないだろう。

 吏部尚書も笑った。容燕の言葉のすべてに納得がいった。

「さすがは容燕殿。わたしには考えつきもしませんでしたが、謝朔弦をおさえ込むには最良の手段ですね」

 賞賛を耳に、満足気な容燕は茶を含んだ。
 吏部尚書は続ける。

「ところで、謝悠景はどうするおつもりで? 甥とちがって科挙を受けておらんので、わたしの権限ではどうにもできませんが」

「あれは放っておけばよい。もとより甥がいなければ何もできん。あの能天気な男を大将軍にまで押し上げたのは、ひとえに甥の功績だろう。悠景ひとりでは何ごとも成せんし、王や婕妤に取り入っても脅威にはならん」

 振り返ってみても、悠景が単独で動いていた記憶はない。
 武将として腕が立つのは確かだが、それだけではのし上がれないのが宮中である。

 悠景に不足している部分を常に補ってきたのが、甥の朔弦だ。
 鬼から金棒を奪ってしまえば、何も恐れることはない。真に強力なのは金棒の方なのだが。