そう言った吏部尚書に鋭い視線を向ける。
彼を睨みつけているわけではなく、小癪な朔弦の幻影に対して憤っていた。
「何を言うか。こたび我々が出し抜かれたのはあやつのせいだ。王が鳳元明を早々に切ったのも、その娘を側室に迎えたのも、すべてあやつの策略にちがいない」
朔弦自身に朝廷を動かしたり蕭家を上回ったりするような権限がなくとも、王や婕妤を後ろ盾に持っているということ自体が脅威なのである。
十分に情勢を変えうる力であると言えた。
王も春蘭も朔弦を信用しきっているため、発言ひとつで操ることができてしまうのだ。
容燕がこれほどに危惧する意味が、吏部尚書にも理解できた。
「あの切れ者は厄介だ。頭脳も手腕も、我々にとって邪魔でしかない」
「では────」
結論を促すと、容燕は頷く。
すっと目を細め、気怠げに髭を撫でた。
「目障りな芽は早々に摘んでおかねばな」
脳裏に一瞬、残酷な考えがよぎった。
朔弦に刺客を差し向けるなり、捏造した罪を着せるなりし、死に追いやるつもりなのではないか、と。
しかし、容燕の考えは異なっていた。
「兵部尚書である航季に、あやつを罷免させる」
「え? し、しかし……」
罷免程度ではまったくもってぬるいのではないだろうか。
鳳姓を持ち、なおかつ最高位の官吏であった元明とは異なり、左羽林軍将軍であれば王の一存でいかようにもできてしまうように思える。
すなわち航季が罷免したところで、王がその命を撤回するのではないだろうか。
「なに、案ずるな。謝朔弦は別に清廉潔白ではない。叩けば埃くらい出る。罷免の理由には足るくらいのな」
彼の憂慮を誤解した容燕はそう言った。
当然ながら吏部尚書はそんなことを心配しているわけではない。
たとえ埃が出なかったとしても、容燕ならば作り出すに決まっている。
それに、航季に罷免させると言うのであれば“力を借りたい”というのは何だったのであろうか。
「そなたに頼みたいのは、ここからだ」
今度は吏部尚書の困惑を正確に読み取ったようだ。
その双眸にまたしても興がるような色が滲む。吏部尚書は身構えつつ、次の言葉を待つ。
「罷免された謝朔弦を、柊州の州牧に任ずるのだ」



