怒り心頭に発したまま執務室を出ると、驚いたことに煌凌が待ち構えていた。
その隣には見慣れない娘の姿もある。
美しく着飾り、王の隣にいるところを見ると、側室という話は事実のようだ。
可憐な雰囲気ながら意志の強い眼差しをしていた。憎らしいあの男の面影を感じさせる。
容燕の頬から力が抜けた。
人はしばしば、怒りを通り越すと笑ってしまうものである。
「容燕」
煌凌の声は硬かったが、普段より覇気があった。
横に春蘭がいるからだろうか。健気なことだ。
「主上……。何のつもりです? このわたしを愚弄しているのか」
容燕は蛇のような目で見据えた。
頭ごなしに怒鳴りつけるより、畏怖と恐怖を煽ることができると分かっていた。
実際、睨まれた煌凌は萎縮している。
虚勢を張っても、所詮この程度でねじ伏せられる。
「侍中」
凜然とした声が響く。春蘭であった。
一切臆さず、怯みもせず、容燕を見据える。
「お慎みください。一国の王に対する畏敬の念をお忘れでは?」
煌凌は瞠目した。容燕も目を剥く。
何と無礼なのだろう。非礼な態度に不愉快になり、頭に血が上った。
しかし、感情的になるべきではない。かような小娘に乗せられるほど器は小さくない。
「ほう……。たかが側室ごときがわたしに説教か」
す、と容燕の目が細められる。
ひやりとした煌凌は慌てた。春蘭の度胸は心強いが、同時に危なっかしい。
どういうつもりなのだろう。
真っ向から諌めるなど、喧嘩を売っているも同然だ。
案の定、容燕の機嫌はさらに悪くなった。春蘭に対する敵意が助長されたことであろう。
それなのに、自ら矢面に立つなど危険極まりない。
はらはらしたものの、容燕はすぐに視線を煌凌へと戻した。
「主上、何ゆえ妃選びを中止したのです。わたしにも太后さまにも黙って独断で決められるとは。側室の件も、いったいどういうおつもりか!」
畳みかけるように怒鳴られ、煌凌はびくりと肩をすくめた。
予想通りの展開であったが、あまりの気迫に気圧されてしまう。
すっかり尻込みし、魔物と相対しているような気分で俯いた。恐ろしくてならない。
「…………」
春蘭は憂うようにそんな彼を見やる。
翳ったその横顔は迷子の子どものように見え、思わず半歩踏み出す。
「……後宮のことに、侍中が口を出す権限はありません」



