桜花彩麗伝


 煌凌は幼少の頃から孤独に苦しんでいたという。
 それならば王として、心のよりどころを求めてもよかったのではないだろうか。
 その役割を担うのが側室なのではないだろうか。
 なぜ、いまのいままでただのひとりも妃がいないのだろう。

「……ねぇ、どうして────」

 つい尋ねようとして、はっと思い至った。ふと彼と交わした会話が蘇ってくる。

『……また昔の話だが、ある約束を交わした者がいたのだ。初恋……というにはあまりにささやかでそぐわぬかもしれぬが、確かに大切だった』

 もしかすると、その少女のために、(から)の後宮を守り続けていたのかもしれない。
 咲き乱れる数多(あまた)の花々など求めず、たった一輪の花のみを望んでいたのだ。

 そう気がついた直後、残酷な認識が降りてきた。
 この後宮入りは、その一輪の花を自分が手折(たお)ったも同然なのではないだろうか。

 ────春蘭の手に力が込もったことに、煌凌は気づいた。
 お陰で何を尋ねようとしていたのかも察せられた。

「余は、初めての妃がそなたでよかったと思っている。……たとえ、仮でも」

 煌凌は告げる。嘘偽りのない本心であった。
 かの少女に似ているから、でも、元明の娘だから、でもない。
 恋心であるのかどうかは定かではないが、そばにいて欲しいと思ったのは事実だった。

 煌凌が王だと知っても、彼女の態度は何ら変わらなかった。
 うやうやしく(こうべ)を垂れ距離を置くことも、媚びへつらって取り入ろうとすることもなかった。
 変わらず、黎煌凌というひとりの人間として扱ってくれている。
 それが、煌凌は嬉しかった。

『あなたはひとりぼっちなんかじゃないわよ。わたしだっているんだし』

『そなた、が……』

『何とでも好きに思ってくれたらいいわ。友だちでも話し相手でも、あなたの望むものになってあげるから』

 同情でも憐憫(れんびん)でもなく、いなくなったりしない、と純粋に言ってくれた。

『約束する』

 あの日の柔らかな春の陽射しと桜の香を忘れることはない。
 煌凌はその端正な顔に慈しむような微笑をたたえた。
 この手を自ら離すことは、決してないだろう────。