桜花彩麗伝


 櫂秦は春蘭と煌凌を見比べる。
 王だと言っているのにも関わらず、無遠慮な言い草であった。
 そのことに紫苑は気を揉んでしまうが、煌凌はさして気にしていないようだ。

「王妃としてではないぞ。側室に迎えるのだ」

 そんな彼の言葉に、紫苑と櫂秦は顔を見合わせる。
 説明になっているようでなっていない。まさか、春蘭に恋情が湧いて(めと)ることにした、とでも言うのだろうか。



「────わたしが説明します」

 そこへ、ひときわ冷静な声が割って入った。
 みなが門の方を振り返る。現れた朔弦は王に一礼し、屋敷の敷地内へと足を踏み入れた。

「朔弦さま」

「おまえは宮殿へ行く支度をしてこい。小間使(こまづか)いも一緒に」

 瑛花宮から持ち帰った荷物を紫苑に渡しつつ、朔弦は春蘭に対しぶっきらぼうに言った。
 はい、とやや戸惑いつつも素直に頷いて母屋(おもや)へ入ると、套廊(とうろう)で元明に出くわす。

「お父さま……」

 王が早々に罷免(ひめん)を言い渡したため、錦衣衛に拘束(こうそく)されることなく帰宅を許可されたのであった。

 元明は娘の姿を見ても驚くことはなかった。
 妃選びの中止は予想の範囲内だったからだ。ただ、思ったよりも随分と早かったが。

「……よく、頑張ってくれたね。おかえり、春蘭」

 ふわ、と頭に手を載せると、春蘭の瞳が揺れた。
 張っていた緊張の糸が、ぷつりと切れたのが見て取れる。

 春蘭は困惑した。喉の奥が締めつけられ、不意に涙が込み上げたのが分かる。
 悲しいとも嬉しいともちがう。
 単純な情動の表れではなく、蓄積されてきたすべての感情が濾過(ろか)されている。
 ……ひどく、安心できた。



 春蘭を残し、庭院(ていいん)へ下りると、困惑したような表情の紫苑が現れた。

「旦那さま。……王さま、と、朔弦さまがお見えです」

 未だに信じがたく“王さま”と呼ぶのがぎこちなくなってしまった。
 元明は目を見張る。まさか煌凌が自ら訪ねてくるとは思わなかった。
 容燕に勘づかれたらつけ入られないか案じられる。

「……客間へお通ししてくれるかい?」

「承知しました」

 踵を返し、下がっていく紫苑の背を見送る。

 元明は戸惑っていた。
 即座に自分を切り捨てる判断をしたのは、王として賞賛に値すると思った。
 しかし、実際には捨てきれていなかった、というわけだろうか。
 何にせよ、これ以上関われば煌凌に害が及ぶ。
 眉を寄せつつ、客間へと急いだ。