桜花彩麗伝




 王と春蘭がひと足先に馬で瑛花宮を出ると、残った朔弦は宮官に、春蘭の荷物をまとめるよう命じた。

 女官たちは先ほどの光景について何ごとか囁き合いながら、各々散っていく。
 珂雲も戸惑ったようにその場をあとにし、帆珠はいかにも不機嫌そうな態度で歩き去っていった。

 ひとり、平静な芳雪は、朔弦の姿を認めるとそっと歩み寄る。

「謝朔弦殿ですね」

 呼びかけに応じるように悠然と振り向くと、芳雪は軽く頭を下げた。

「お初に。わたしは楚芳雪と申します」

「楚……。ならば────」

「はい、雪花商団頭領の姉です」

 雪花商団。以前、その頭領が行方不明であるという話を聞いた覚えのあった朔弦は、怪訝(けげん)そうに眉を寄せた。
 その意味をいち早く悟り、芳雪は続ける。

「ご存知かと思いますが、いま現在、商団は機能しておりません」

「……いったい、何があったと?」

 国で一番の規模を誇る大商団が、なぜそのようなことになったのであろう。
 突然、取り引きを放り出しただけでなく行方を(くら)ますなど、信用失墜(しっつい)もいいところだ。お陰で楚家は没落寸前である。

 芳雪は表情を引き締め、謹厳(きんげん)な面持ちになる。
 ……別に朔弦でなくともよかった。
 ただ、彼であれば宮中に伝手があり、それなりの()もあり、何より春蘭の味方であり、信頼するに値した。
 どのみち誰かに助けを求めるしかないのだ。たまたま彼がこの場に現れてくれたのは幸運であった。

「わたしの知る限りをお話しします」

 具体的には、柊州の現状────王都には届かない、その闇についてを。



     ◇



 鳳邸へ着到(ちゃくとう)した煌凌と春蘭は、馬から下りると門を潜った。
 既に錦衣衛は撤退しており、ものものしい雰囲気からは解放されている。
 ほんのわずかな間帰っていなかっただけだが、春蘭には何だかとても懐かしく感じられた。

「お嬢さま……」

 呼ばれた声に振り向くと、紫苑が立っていた。
 どこか泣きそうな表情でこちらを見つめている。

「紫苑……!」

 春蘭は思わず駆け寄り、その勢いのまま抱きついた。
 若干よろめいたものの、しっかりと受け止めてくれる。

「………………」

 突然の出来事に煌凌はあんぐりとした。
 身なりは立派だが、春蘭を“お嬢さま”と呼んだことからして執事や用心棒に過ぎないだろう。
 それなのに、自分よりよほど春蘭に好かれている。

 ────そういえば、とふいに記憶が蘇った。
 いつか人攫いだと誤解された折、ひどく恐ろしい形相で襟首を掴んで問い詰めてきた彼ではないか。
 自分のことを覚えているだろうか。
 また同じことをされたらどうしようかと、煌凌は人知れず肝を冷やした。

「お元気、でしたか」

 紫苑は一日たりとも、彼女を気にかけない日はなかった。ずっと案じていた。
 こうして無事に帰ってきてくれたことに、どう喜べばよいのかも分からないほど。