桜花彩麗伝


 どよめきは、先ほどの比ではなかった。
 瑛花宮は大きなざわめきに包まれる。

 春蘭はわけが分からなかった。自分が側室に迎えられる……?

 当惑(とうわく)に明け暮れたのは帆珠も同じであった。
 芳雪もさすがに驚いたが、すぐに意味を理解し、ほっとすると思わず顔を綻ばせる。
 王は容燕に楯突いても、春蘭や鳳家を救う選択をしたわけである。

「…………」

 帆珠は、視線を交わすふたりを見た。
 わなわなと肩を震わせ、込み上げる怒りで歯を食いしばる。……何なのだ、この茶番は。
 こんなはずではなかった。まったくの予想外だ。
 罪人の娘を側室に迎える? そんなこと、許されるわけがない。

 まさか、元明の罪まで見逃す気ではなかろうか。そんなばかな話、通用するわけがない。
 何より許せないのは、王妃になるべき自分を差し置いて、側室などに成り上がろうとする春蘭の存在であった。
 静かに憤りながら、鋭く睨みつける。

 ────春蘭は信じられない気持ちで煌凌を見上げていた。
 周囲の喧騒(けんそう)が遠のき、景色がぼやける。世界から切り取られたように感じられる。

 煌凌はただその視線を受け止めていた。
 詫びるべきかどうか、どんな表情をすればよいのか分からず、ぎこちなくも微笑みを向ける。

「……陛下」

 一切気後(きおく)れすることのない朔弦に呼びかけられ、わずかに振り向いた。

「春蘭を連れ、先に鳳邸へ」

「……うむ。そうだな」

 瑛花宮からの令嬢たちの帰宅が許可されれば、すぐさまこの事態を帆珠が父に告げるはずだ。
 容燕は烈火(れっか)のごとく激怒するであろう。
 煌凌を批難し、脅迫する。春蘭を排除せんと動く。

 (しか)らば少なくとも春蘭が入宮するまで、煌凌は片時も春蘭から離れるべきではない。
 とはいえ、このまま宮殿へ連れ帰るのは、春蘭にとっても元明にとってもあまりに酷だ。一旦、鳳邸に寄った方がいい。

 石段を降りた王は春蘭のもとへ歩み寄った。
 寄り集まるみなの視線に構わず、す、と右手を差し伸べる。

「すまぬ、急にこんなことになり……。だがいまは何も言わず、余についてきて欲しい」

 春蘭は差し出されたてのひらと煌凌の顔を見比べた。
 彼はやはりいつもみたく、どこか悲しげな雰囲気をまとっている。
 しかし、この行動も言葉もすべて真剣そのものであると、その目を見れば分かった。
 迷う必要はなかった。どのみち、この手を取る以外にない。

「……はい、主上」

 春蘭は頷き、自分の手を重ねた。冷えた指先に温もりが染み込む。