春蘭は弾かれたように顔を上げた。
戸惑ったように彼を見たが、それ以上は何も言うことなく歩き去っていってしまう。
目眩がした。地面が揺らいだ気がした。
……一縷の望みが、砕けた瞬間であった。
妃選びは中止されるのだ。
あるいは、続行はしても春蘭の参加資格は剥奪されるのかもしれない。
瑛花宮から出るということは、すなわち春蘭が王妃となる可能性がなくなったことを意味していた。
絶望感が目の前を暗く覆っていく。
このまま本当に、蕭家に飲まれてしまうのだろうか。
諦めるしか、ないのだろうか。
「春蘭……」
芳雪が案ずるように呼んだが、春蘭には届いていないようだった。
気の利いたことも言えなければ、打開策も浮かばない。無責任に励ますこともできない。
芳雪は唇を噛み締めた。口を噤むほかなかった。
現在残っている四人の令嬢と、宮官をはじめとする瑛花宮にいるすべての女官が庭院に集められた。
その多くは王の登場に戸惑いを隠せない様子である。
煌凌は臆せずみなの前に立ち、朔弦もその脇に控える。
面々が王に頭を下げた。
「ここ数日、立て続けに発生している事件についてはみなも承知だと思う。不埒な輩が蔓延っておるのだ。そのような状況で、公明正大な妃選びなどできぬ」
そんな王の言葉に春蘭は目を伏せた。
帆珠は眉を寄せ、怪訝な表情を浮かべる。
「よって、こたびの妃選びを取り止める」
突然の事態に女官たちがざわめき出す。
春蘭は目を閉じた。両の拳を握り、唇を噛み締める。
帆珠は目を剥いた。抗議したいほどの苛立ちを必死にこらえる。
ここで取り乱すわけにはいかない。相手は王だ。
しかし、妙な展開であった。
妃選びの中止など、容燕が許すとは思えない。まさか、王の独断だろうか。
動揺と困惑が場に浸透していく。
しかし、そんな女官たちのどよめきをものともせず、煌凌は再び口を開いた。
「────鳳春蘭」
唐突に名を呼ばれた春蘭は目を開け、はっと顔を上げた。
なぜ呼ばれたのかまったく分からず、目を見張ったまま推し量るように彼を見上げた。
しん、と周囲が静まり返る。
刺すような静寂に、思わず身構えてしまう。
帆珠はひっそりと笑んだ。
先ほどまでの苛立ちなど忘れ、春蘭が罵倒され、批難される展開を想像する。
王も大いに裏切られた気分であろう。
しかし次なる王の言葉にこそ、帆珠は裏切られることとなる。
「そなたを、正三品・婕妤に迎える」



