桜花彩麗伝


 容燕の存在は、太后にとって間違いなく脅威であった。
 しかし、太后には到底排除し得ない。力も頭も能も足りない。
 そのために“共存”を選んだのだ。それしか、太后自身の命と座を守る(すべ)はなかった。

 あの鳳家が、こうしてあっけなくしてやられたのを目の当たりにしたのに、反抗する気など起きるはずもない。
 ふと、容燕が蛇のような眼差しで太后を捉えた。

「お分かりですね、太后さま。……妙な気は起こしなさるな」

 そんなものは、とっくに()がれている。
 結局、最後まで容燕に肩入れするほかないのであろう。
 太后は引きつった笑みを口元に浮かべ、何とかその場を(つくろ)った。



     ◇



 瑛花宮は少しずつ、落ち着きを取り戻しつつあった。
 璃茉の遺体は既に錦衣衛によって運び出され、事件性がないと判断した兵たちも数日前に引き揚げていった。

 庭院(ていいん)へ出て風に当たる春蘭のもとへ、そっと芳雪が歩み寄る。

「大丈夫?」

 このほかにかけられる言葉が見つからない。
 労わるように声をかけると、春蘭はゆるりと振り向いた。
 随分とやつれて見える。父のことも家のことも心配でたまらないのだろう。
 先行きが見えないのも余計に不安を煽る。
 しかし、春蘭は努めて明るく笑ってみせた。

「大丈夫。ありがとう」

 平然として見えた。だが、実際は決して平静ではなかった。
 そんなふりをしているわけでもなく、一周回ってむしろ感情が凪いだのである。

 嘆くのも案ずるのも疲れてしまった。
 しかし、不安で仕方がない。(うれ)いの種は消えない。

 ────そのとき、遠くから馬蹄(ばてい)の音が響いてきた。
 まばらなところを聞くと、二頭いるのであろう。
 だんだんと近づいてきた音はやがて瑛花宮の前で止まった。
 思わず顔を見合わせ、ほとんど同時に門の方を向く。
 面会は依然として禁じられたままだが、いったい誰が来たのだろう。

 ギィ、軋んだ音を立て、門が開かれる。
 姿を現したのは、煌凌であった。
 思わぬ人物に、春蘭は息をのんで瞠目(どうもく)する。芳雪も目を見張った。

「…………」

 彼はただ、泣きそうな表情で春蘭を見つめていた。
 胸が詰まる。不甲斐ない自分のせいで、彼女が苦しんでいる。

 春蘭はひたすらに困惑していた。なぜ、煌凌がここへ来たのだろう。
 本来、王は瑛花宮へは立ち入り禁止という掟がある。
 それにも関わらず姿を見せたことを思うと、ただならぬ予感がした。

「……王さま」

 芳雪が呟くように言い、小さく(こうべ)を垂れた。はっとした春蘭も慌ててそれに倣う。

 彼は黙したまま、その脇を通り過ぎていった。
 随行(ずいこう)する朔弦もそうしたものの、即座に足を止め、春蘭を顧みる。

「すぐにここから出る。そのつもりでいろ」