桜花彩麗伝


 不意に実弟(じってい)の────宋妟のことを思い出した。もとい、彼の犯したとされる放火殺人事件を。
 その真相はもはや闇の中であるが、元明は冤罪であると信じて疑わなかった。
 恐らく、いまの元明と同じだったのだろう。

 陥れられ、気づいたときにはもう手の打ちようがなくなっている。
 宋妟は鳳家のために雲隠れし、命を落としたのだ。蕭派の食いものにされた。

 元明は半歩踏み込み、容燕に近づく。

「思い通りになると思うな」

 静かな怒りを(たぎ)らせた眼差しに捉えられ、容燕はやや圧倒された。
 しかし、それを表に出さないよう努め、唇の端を吊り上げる。

「……せいぜい足掻くがいい」



 容燕がそう言うなり、蒼龍殿の扉が開かれた。
 王に朔弦が続き、外へ出てくる。

 (おみ)たちは一斉に、王に(こうべ)を垂れた。元明は黙したまま上段にいる煌凌を見上げる。
 端正(たんせい)なその顔に、不安そうな表情が浮かんでいるのが見て取れた。

 彼もまた元明を見やる。元明は表情を変えないよう努めた。
 煌凌が口を開き、何かを言おうとした。
 しかし躊躇うように視線が彷徨い、結局噤んでしまう。
 思わず朔弦を振り返った。……本当に大丈夫だろうか。
 そんな(うれ)いが前面に出ており、悟った朔弦は黙って頷いて見せる。

 それを受け、王は前を向いた。
 安心できたわけではないが、ここまで来たら朔弦を信じるほかない。
 深く、息を吸う。

「宰相、鳳元明────」

 声が震えそうだった。本来であれば、たとえ一時(いっとき)であっても、彼を自ら手放すことなどしたくはない。

「そなたは、許されぬ重罪を犯した。政敵(せいてき)であろうと、(かたき)であろうと、殺人を許容する理由にはならぬ」

 望み通りの展開に、容燕はほくそ笑む。

 蕭派官吏たちにとっても望ましい事態であったが、王が思いのほかあっさりと切り捨てたことが意外で、場は囁くようなどよめきに包まれた。
 当の本人である元明の態度だけは一切揺らがない。

「物的な証拠は見つかっておらぬが、状況と動機の面から、虞家と寧家の鏖殺(おうさつ)はそなたの仕業と断定する。よって────」

 煌凌は思わず言葉を切る。
 俯きそうになる顔を上げ、元明を見つめる。

 悔しさと無力感に(さいな)まれ、唇を噛み締めた。
 元明は、そこで初めて表情を変えた。普段通りの優しい微笑で彼に頷きかける。
 煌凌は両の拳を握り締め、もう一度深く息を吸った。

「……そなたを、罷免(ひめん)する」