桜花彩麗伝


 紫苑は口を開きかけたが、何も言わずに(つぐ)んだ。
 諦めていた、のかもしれない。

 早々に蕭家に負けた気になっていた。
 それはすなわち、元明や春蘭を信じていないのと同義なのに。

「“道”が見つかれば、春蘭も春蘭の父さんも迷わず突き進むだろ。黙ってやられるわけねぇよ。俺が保証する」

「おまえが保証したって……」

「おまえも、保証できるだろ?」

 櫂秦は、ふっと唇の端を持ち上げた。
 わずかに瞠目(どうもく)したが、紫苑もやがて同じように口端を緩める。

 彼の言う通り、悲観的になりすぎていた。
 命があれば、いくらでも再起を図れる。
 春蘭も元明も、簡単に絶望し、諦めるような人物ではない。
 どうにでもなる。まだ、終わっていない。



     ◇



 ひれ伏す(おみ)たちが連なる蒼龍殿の前に、臆した様子の一切ない元明が姿を現した。
 王に召喚されたものの、その王命(おうめい)がなくとも自ら出向くつもりであった。

 あまりに堂々としたその態度に、蕭派官吏たちからは批難の声が上がる。
 しかし、ただのひとつも元明は気に留めなかった。

「さすがは宰相殿。(つら)の皮が厚い」

 嫌味たらしい声が飛んできた。その主は容燕である。
 回廊(かいろう)を歩いて現れた彼は、元明の前で足を止めた。

「……容燕」

 思わず低い声で呼ぶと、彼は愉快そうに声を上げて笑った。

「天下の鳳元明もさすがに憤ったか。……それでいい。その方がよほど人間らしい」

 容燕がいかな挑発をしようと、元明は決してそれ以上感情的になることはなかった。

 絶望的な状況に陥ろうと、決して自棄になったりはしない。
 そんな理性的なところも容燕には気に(さわ)った。
 しかし、失脚するのも時間の問題である。
 わざわざ腹を立てるのも馬鹿らしい。ふ、と鼻で笑う。

「こんなところで突っ立っている場合か? 早く主上に助けを求めるがよい」

「そんな気はない。犠牲となるのは、わたしひとりで十分だ」

 元明の顔には、いつになく謹厳(きんげん)な表情が浮かんでいた。
 その眼差しも声色も、突き刺すように鋭く冷酷だ。
 容燕は片方の眉を持ち上げる。

「ほぉ……見上げたものだ。そなたはとことん清廉(せいれん)な官吏だな。────だから、つけ込まれるのだが」

「…………」

 元明は何も言わなかった。

 彼の言う“清廉な官吏”が、王のため不惜身命(ふしゃくしんみょう)の精神を持つ者を指すのであれば、自分は決してそうではない。

 煌凌には悪いが、元明にとって最も重要なのは、家族を含めた鳳家なのである。

 ここへ来たのも、王命という理由を除けば、ほかならぬ鳳家のためだった。
 冤罪であることを証明できず、罷免(ひめん)という処罰を受ける羽目になっても、屋敷にこもって沈黙を貫いていては、どんどん不利な立場に追い込まれることが分かっていたから。