桜花彩麗伝

     ◇



 紫苑と櫂秦は、屋敷を取り囲む兵たちと睨み合っていた。
 いったい、どういうつもりなのだろう。
 彼らの態度は、まるで元明が罪人であるとでも言わんばかりのものだ。
 そのことに、特に紫苑は憤っていた。

「おまえたち、ここがどこだか分かっているのか?」

 怒りを滲ませながら尋ねると、兵は呆れたようにせせら笑う。

「ええ、ええ、分かってますとも。罪深い宰相殿のお宅でしょ?」

 櫂秦の眉がぴくりと動く。さすがに黙っていられない。

「何だと? 罪深いのはおまえらの方だろーが。人ん家にずけずけと踏み込んで……は、ねぇけど、わけ分かんねぇ理由で監視とかしやがって」

 兵たちはあくまで鳳邸の牆壁(しょうへき)の外周を包囲しているだけで、敷地内へ入り込んではいない。
 その辺りは嫌味なくらいにしっかりしていた。

「わけ分かんねぇことはないだろ。知らねぇならおまえらの主に聞いてこいよ。昨晩仕出かしたことの次第をよ」

「だから、それは旦那さまとは無関係だ。旦那さまに虞家や寧家を襲う理由はない」

 兵に反論した紫苑だったが、妙な感覚が抜けなかった。
 自身は、元明がそのような愚行に走る人物ではないことを分かっているが、客観的には、その二家を襲う理由が確かにある。

 己の言葉なのに説得力の欠如を自覚したのは、その理由からであろう。
 主観と現状の不一致が、いびつな不安感を()き立てる。
 元明の所業だという物証が出ずとも、その点を状況証拠として詰められそうな気がした。

「まあ、鳳元明も器が小せぇよなぁ」

 兵の言葉に紫苑の顔が曇る。

「十五年越しに妻の敵討ちでもしたつもりか? せっかく平和にやってこられてたんだから大人しくしときゃいいのに、復讐なんかに走るから────」

 ガッ、とその言葉を遮るように鈍い音が響いた。
 軽く吹き飛ばされた兵が地面を滑って倒れ込み、土煙が上がる。

 突然の出来事に櫂秦は驚き、目の前の出来事を理解するのに勤しんだ。
 嘲笑した兵を、紫苑が殴ったのであった。
 大きく息をする紫苑を見れば、これでも怒りを抑えたのであろうことが分かる。
 しかし、これはいけない。周囲の兵たちもどよめき出す。

「おまえ……」

 半ば当惑しながら、紫苑を見やる。
 彼は唇を噛み締め、目を伏せた。いくらか冷静さを取り戻したようだ。

「……すまない」