桜花彩麗伝


 朔弦が煌凌に向き直る。
 何となく気後れしてしまい、彼の目をまっすぐ見られなかったが、朔弦は構わず続ける。

「いまは宰相殿ではなく、春蘭を守る手立てを考えるべきです」

 ここまで緻密(ちみつ)かつ用意周到に張り巡らされた罠だ。
 たとえ冤罪であっても、元明は罪に問われるであろう。
 打撃を避けられないのであれば、損害を最小限に抑えるのが賢明である。

「春蘭殿だと? なぜだ? 宰相殿の有罪が確定すれば、ともども────」

「いいえ、そうはなりません」

 悠景の言葉を遮り、きっぱりと断言する。

「鳳家は開国の際、尽力した功臣(こうしん)の家です。いくら侍中でも、厳罰に処すことは不可能かと」

 煌凌ははっとした。悠景も瞠目(どうもく)する。
 明確に掟があるわけではないが、鳳家や蕭家といった一等功臣(いっとうこうしん)の家系は、何かと免責(めんせき)され、優遇されてきた。

 鳳宋妟に関しては蕭家がことごとく追い詰めたが、現在鳳家がその打撃を頭に受けることなく済んでいるのは、その理由が大きい。……彼の件も冤罪なのだが。

「そうか、確かに! ならば宰相殿も重罰は避けられるな」

 悠景は心底安堵したように破顔(はがん)した。
 死刑も流刑も免れそうだ。せいぜい罷免(ひめん)といったところであろう。
 確かにそれで済むのであれば、元明の救済に煌凌が躍起(やっき)になる必要はない。
 命は助かるのだ。再起を図ることはできる。

 しかし、一転して朔弦は厳しい表情を変えなかった。
 ここまでの惨事をなし得ても、結局は罷免程度の打撃しか与えられない。
 そのことは容燕とて承知の上であったはずだ。

 無論、元明の罷免は大きな意味をもたらし、朝廷の勢力図が大きく動くことにはなるが、二家を鏖殺(おうさつ)した結果としては釣り合わないだろう。

「……春蘭を守るべきだというのは、どういう意味だ?」

 遠慮がちに問うた煌凌に朔弦が答える。

「────彼女こそが、再起を図る鍵となります」

 煌凌と悠景はまたしても顔を見合わせる。
 元明が罷免されても、春蘭がいれば持ち直せると言うのであろうか。

 なぜ? どうやって?
 煌凌は考えあぐねた。……妃選びで春蘭が王妃に選ばれればよい、ということだろうか。
 元明が外戚(がいせき)となれば、確かにいまよりも立場が向上する。
 容燕も迂闊に手を出せなくなるであろう。

 しかし、続けられた朔弦の言葉は予想に反し、思いもよらないものであった。

「陛下。妃選びを中止してください」