桜花彩麗伝


「勘違いされては困る。わたしはあの者に手を貸しているに過ぎない」

 蕭家を追い詰められるのであれば、といささか盲目的になっていたようだ。
 そもそも煌凌は何の根拠があって蕭家勢力を退けられると思っているのだろう。
 ただでさえ言いなりなのに。
 少しも抗おうとせず、民のために(まつりごと)をすることもない。

「おまえは何のためにそこに座ってるんだ?」

 王というだけで(ひざまず)くような情勢を知らぬ愚かな(おみ)と、王を(あなど)り操ろうと目論む腹黒い臣とに囲まれ、それでも現状に甘んじている。

(……そんなおまえに、何の価値があるんだ)

 煌凌は息をのみ、口端を引き結んだ。彼の正論にはひとことも返す言葉がない。
 自分自身でも気づいていなかった。
 “元明を守りたい”という思いが、王としてなのか、煌凌としてなのか、分かっていないということに。

 しん、と水を打ったように静寂が落ちる。
 この場を見かねた悠景は、(たしな)めるように甥を呼ぶ。

「……朔弦」

 ふ、と彼がわずかに力を抜いた。感情を端へと追いやり、思考を止めたように見えた。
 朔弦は小さく息を吸い、王に(こうべ)を垂れる。

「……失礼しました。非礼をお許しください」

 戸惑う煌凌は、すぐには答えられなかった。
 無論その言動をわざわざ咎める気はないが、いっぱいいっぱいの頭と心は、現実から置いてけぼりにされている。

 清羽は内心はらはらしていたが、これ以上激化する気配がなかったために少しほっとした。
 朔弦が先ほどのように諌言(かんげん)してくれることは、きっと煌凌にとってよい“薬”となるだろう。
 しかし、いまは何を言っても届かない。
 打ちひしがれる心にはもう、何かを受け入れる余裕がないのだ。

「……陛下、申し訳ない。機嫌を損ねましたか?」

 悠景が苦い表情で煌凌に尋ねる。
 長く沈黙しているため、朔弦の言動が不興を買ったのかと心配になった。

 煌凌は、そこでやっと意識を現実へ浮上させる。

「いや……すまぬ。余がわがままを言った。そなたらを困らせてしまった」

 しおらしく謝る。元明を失いたくない、と思うのは()()()本音であった。
 そもそも王としての自覚が足りない。ほとんどない。
 ただ龍袍(りゅうほう)をまとい、玉座に座り、周囲に好きな者ばかりを置いて固めることが王なのではないと、分かっていながら分かろうとしてこなかった。

 だから、混同している。
 自分の気持ちと、王としての正しい選択────そこが相反したとき、どうすればよいのか分からない。割り切れない。

「……陛下」