桜花彩麗伝


 震えた声で紡がれた言葉を、煌凌はすぐに理解できなかった。

 虞家と寧家。
 それが蕭派の家門であり、妃候補者の家であることを思い出し、はっと息をのむ。
 そうひらめいたのは悠景と同時であった。

「まさか────」

 思わず目を見合わせる。
 苦渋(くじゅう)を滲ませ、朔弦が俯いた。

「……やられました。その二家を襲撃した罪を、宰相殿に着せるつもりでしょう」

 迂闊(うかつ)であった。勢力拡大を図る蕭派が、同じ蕭派を捨て駒にするとは思わなかった。
 しかし、考えてみれば意外でも何でもない。
 強欲で残酷な蕭家が、末端の二家を犠牲として切り捨てることは別に驚くべき選択ではない。
 また、例の遺書に惑わされたことも事実であった。

「そんな……。どうにかして防げぬのか? まだ表沙汰にはなっておらぬのであろう!?」

 こたびのことが立件され、錦衣衛が動き出すより先に何らかの措置(そち)を講じれば、元明を救えるかもしれない。
 容燕の魔の手が届く前に、何とかできれば。

 しかし、それは王としてあるまじき発言である。朔弦は黙したまま眉をひそめた。

「それが……既に錦衣衛が動いています。禁軍に鳳邸を包囲させ、鳳宰相を軟禁(なんきん)状態に置いています!」

 清羽の言葉に瞠目(どうもく)した煌凌は、思わず立ち上がった。
 何ということだろう。
 それではもう既に、元明の有罪が前提となっている。

「くそっ!」

 悠景は悪態をつき、鞘におさめたままの剣先で床を突いた。

 元明の身に訪れるであろう災厄(さいやく)────冤罪による重い処罰などを“防ぐ”ことはもう手遅れである。
 こうなった以上、いかに難を避けるかに注力するほかない。
 冤罪を証明することができればそれが最善だが、とても現実的とは言えなかった。
 蕭家が抜け道を塞いでいる。

「どうすればよいのだ……」

 煌凌は弱々しくこぼす。
 縋るように朔弦を見るが、彼はそっと視線を落とした。

「……手の打ちようがありません。下手に庇えば、陛下が追い込まれます」

「何を言うのだ! 元明は陥れられただけであろう。余が守らねば、容燕の餌食(えじき)となってしまう……! 何とか────」

「おまえに何ができる!」

 切り裂くような朔弦の怒声に怯んだ煌凌は、ほうけたように身を強張らせ硬直した。
 驚いたのは悠景も清羽も同じであった。

「……王としてとるべき行動と、己の願望の区別もつかないくせに、勝手な無茶を周囲に押しつけるな」

 名ばかりの王のくせに、とまではさすがに言わなかった。
 それは煌凌自身が一番よく分かっているはずである。
 王としての威厳や力を煌凌が持っているのであれば、元明を救うことも難しくないどころか、そもそもこのような事態にはならない。