桜花彩麗伝


 容燕の目的は元明の失脚であろうが、緋茜や兇手(きょうしゅ)の一件が私事(しじ)である以上、責任を追及しても直接は凋落(ちょうらく)に繋がらない。

 元明自身を処罰する名分が必要となる。
 “罪を犯した”というのは、もってこいなのであった。
 ただ、どんな手を打ってくるのかが読めない。現状、元明は被害者という立場でしかないのだ。

 それを踏まえると、元明が報復したと思わせるような罪を、連中は捏造(ねつぞう)する気なのではないだろうか。

 そもそも兇手(きょうしゅ)の死そのものが元明による報復であると主張するつもりかもしれない。
 否、それでは結局、元明の失脚には繋がらない。ならば────と、思案する朔弦を、春蘭は戸惑いながら見つめた。
 いくら待ってみても言葉の続きを聞けそうな気配はない。

「……何でもない。おまえは何も知らないふりをしていろ」

 朔弦は多くを語ることなく背を向けた。
 いまのところ、それが最善であった。
 何が容燕を触発(しょくはつ)するか分からない以上、帆珠にも感情を悟られるべきではない。

 春蘭は視線を落とした。
 自分の知らないところで何かが(うごめ)いているような、不気味な気配がすぐそこにある。
 恐ろしいほどの不穏さが背筋を這った。

 ふと、朔弦が足を止める。
 振り返らないまま告げた。

「何があっても動揺するな。────今度は、わたしが助ける」



     ◇



「そなたらに、二度目の機会をやろう」

 庭院(ていいん)から引き揚げた航季と黑影は、套廊(とうろう)で容燕からそう言い渡された。

 航季は信じられない気持ちでその場に片膝をつき、跪拝(きはい)の姿勢をとった。黑影も追随(ついずい)する。
 もう二度と、父からの信頼は得られないと思っていた。
 これほどに光栄な慈悲はない。

「今宵、虞家と寧家を襲撃する。その役目をそなたらに任せる」

 両家ともに妃選びの第一次審査を突破し、勝ち残っている。
 鳳家が、元明が狙う蕭派の家門としては妥当であろう。
 あの遺書があれば尚のこと、この上なく説得力のある動機が生まれる。

 また、その二家は蕭派の中でも末端であり、消えたところで痛くも痒くもない。蕭派にも容燕にも、何の影響もない。
 犠牲となる上で適役であった。

 航季も黑影も、今度は相手が確実に息絶えるまで剣を振るうはずだ。
 その方が都合がよかった。恨みを募らせた元明の犯行に見える。

 もう、失敗は許されない。
 もし再び仕損じれば、容燕に殺されるであろう────航季と黑影は、そんな重圧をひしひしと感じた。
 鋭い刃が首筋に迫っているようだ。
 少しでも判断を誤れば、待っているのは己の死。