桜花彩麗伝


 ────かくして、春蘭の母である緋茜の死は兇手(きょうしゅ)による暗殺が原因であったこと、手を下したその兇手(きょうしゅ)が遺体として発見されたが不審点が多いことを伝えておく。

 案の定と言うべきか、瞠目(どうもく)した春蘭は息をのみ、動揺が隠せない様子だ。

「どうして……」

 やがたこぼれた声は震えて掠れた。
 どうして、母が殺されなければならなかったのか。
 どうして、虞家や寧家に命を狙われる羽目になったのか。
 どうして、十五年越しに兇手(きょうしゅ)が自害などしたのか。
 聞きたいことはどれひとつとして言葉にならない。

 しかし、そんな虞家や寧家は蕭派としての地位を確立したまま、正妃候補の家門に名を連ねている。
 そう考えると言い知れない感情が(くすぶ)り、気づかないうちに頬が強張っていた。

「……何を考えている?」

「え……」

「父君には口止めされた。それでも、このことをおまえに伝えた意味を考えろ」

 朔弦はあくまで冷厳(れいげん)な態度を貫いた。
 己の役目は優しく寄り添うことでも、全肯定した上で認めることでもない。

 無意識のうちに握り締めていた拳をほどき、春蘭は俯きがちに言う。

「……すみません、朔弦さま。ありがとうございます」

「事はまだ、これで終わりじゃない。きっと、さらなる災厄(さいやく)に見舞われる」

 眉を寄せ、険しい表情を浮かべた彼の言葉に目を(しばたた)かせた。

「言っただろう。兇手(きょうしゅ)の死には不可解な要素が多い……もっと言えば、殺された可能性が高い」

「そんな」

「遺書がまったくのでたらめなら、虞家や寧家も利用されているかもしれない。少なくとも兇手(きょうしゅ)の死はとっかかりに過ぎないだろう。黒幕の真の狙いは定かではないが、最悪を想定しておくべきだ」

 春蘭は言葉を失った。
 想定しうる“最悪”がどんなものか、考えるべきだと理解していてもいまは到底無理だ。
 十五年前、母の身に起きた悲劇だけでも受け止めきれないのに、これ以上の凶事(きょうじ)を覚悟しなければならないとは。

「……妃選びはどうなりますか?」

 ふと思い立ったことを尋ねる。
 感情が落ち着かず、ひどく不安定な声色になった。

「ひとまず、このまま続行される。母君や兇手(きょうしゅ)の件はあくまで私事(しじ)で、直接は無関係だからな。ただ、もし宰相殿が────」


 朔弦は咄嗟に言葉を切った。
 ────黒幕の正体に見当はついている。恐らくは元明もそうであろう。

 その黒幕、すなわち容燕がすべての糸を引いているとすれば、真の狙いはまず間違いなく元明だ。
 春蘭に“定かではない”などと嘘をついたのは、その事実があまりにも酷だからであった。
 母のみならず父までも狙われる────それも被害者という形ではなく、罪人に仕立て上げられる。