桜花彩麗伝


 激昂(げきこう)した航季に怒鳴られると、黑影は目を伏せた。返す言葉も言い訳もない。
 容燕は厳しい表情を浮かべ、酒杯を卓子(たくし)に置いた。

「……さように不確かな始末は、以後二度とあってはならん」

 静かな怒りを滲ませたような、低く(しゃが)れた声である。
 不興を買った黑影は咄嗟にひれ伏して謝罪しようとしたが、その前に容燕が動いた。
 下座に座る航季の胸ぐらを掴み、強く襟を握り締める。
 当の航季はただただ困惑し、父を見返すことしかできずに硬直した。
 黑影も目を見張り、唐突な出来事に狼狽える。

「ち、父上……?」

「黑影の不始末は論外だ。だがな、もとはと言えばそなたの責任ではないか。黑影はそなたの部下だろう。何より、一刀(いっとう)で殺しきれなかったのはそなただろう!」

 地の底から湧き上がるような、気迫にあふれた怒鳴り声を浴び、見開いた航季の双眸(そうぼう)が恐怖と動揺に揺れた。
 反論の余地もない。航季が黑影を責めるのはお門違いであろう。
 懸念が残るくらいなら、滅多刺しにするなりして確実に息の根を止めるべきであった。
 過信が招いた失態と言わざるを得ない。

「容燕さま、罰ならわたしに────」

「そなたは黙っておれ」

 たまらず口を挟む黑影だったが、容燕は一瞥(いちべつ)しただけで取り合わなかった。
 その手に力が込もる。まるで心臓を直接握り潰されているかのような息苦しさに、航季は思わず(うめ)く。

「そなたはいつも……いつもいつも詰めが甘い。力量が足りんならはじめから出しゃばるな!」

 その詰めの甘さで蕭家や容燕を危険に晒したことは、これが初めてではない。
 以前も思い知ったはずだが、こたびもまた同じ轍を踏んだ。

「……っ!」

 怒髪(どはつ)天を()く容燕の勢いに圧倒され、航季は強く唇を噛み締めた。口の中に鉄の味が広がる。

「足手まといはいらん。()()()そなたでは不足なのだ……!!」

 容燕は振り払うようにして航季から手を離した。
 投げ出された彼は、椅子を巻き込みながら床に倒れ込む。
 したたかに打ちつけた痛みは、なぜか麻痺していて感じない。
 それよりも、深い水底に沈められたかのような息苦しさに(さいな)まれた。

 苦しい。
 息ができない。
 呼吸の仕方を忘れてしまったかのように、吸っても吸っても空気を取り込めない。
 喉を押さえもがいた。首に爪痕が走る。

「航季さま!」